「終わりよければすべてよし」の状態にもっていく

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業務遂行編の最終議題は「終わりよければすべてよし」である。
今まで述べてきた仕事のコツにより、あなたの業務は順調に進む。
しかし、人がやることである。必ず大きな落とし穴が待っている。
最終議題では、そうした絶体絶命の大ピンチにどう備えるかということを共に考えていきたい。

 

サラリーマン生活を長く続けている人は、今までに一度や二度は、「取り返しのつかない失敗をしてしまった」と思った経験があるのではないだろうか。
もしかすると、あなたもそんな経験をすでにしているかもしれない。
重要な書類を紛失してしまった。重要な手続きを忘れてしまった。会場の手配を忘れてしまった。大きな契約を落としてしまった。大きな取引先のトップを怒らせてしまった。………。
そんなときは、夜も眠れず、悶々とする。

 

結論から言う。
仮に「取り返しのつかない失敗をしてしまった」と思える場合でも、そんな事態をつらいけれども、オープンにして大騒ぎをすれば、「取り返しのつかないこと」になることはめったにない。
しかし、そのためには1つだけ条件がある。
それは、あなた自身も、それこそ死に物狂いで頑張るということだ。
起きてしまったことは、もうしようがない。あとは、どれだけ頑張れるかということだ。
そして、あなたがこの窮地で、土壇場で必死に頑張れば、事態は必ず収まるところに収まってくれる。
このことだけは忘れないでもらいたい。

 

そして、サラリーマン社会には不思議な現象がある。
大きな失敗をしてしまった人でも、最悪の事態を防ごうと必死に頑張り、なんとか収まるところまでこぎつけた人の評価は、かえって高くなることがあるという現象である。
事態がひと段落したあとで、会社の上層部や上司はこんな言葉を交わすのである。
「あいつ、よく頑張ったよな」「本当によく持ちこたえたな」
「ええ。私もあいつの知らない一面を見たような思いがします」……。
そして、大失敗をした人の必死の頑張りが、会社上層部の記憶に焼き付くのである。「粘りのある人物」として記憶にインプットされるのである。
その結果、抜擢されることがあるのだ。
実際、会社である地位まで上った人は、こうした絶体絶命のピンチを経験し、そこでの頑張りが評価され、のちのち昇格した人が多い。
よく大会社のトップを経験した人は、「私の履歴書」などで、自分が引き起こしてしまった大失敗や絶対絶命のピンチを書いている。
この部分は真実だと思う。逆に言うと、そうした経験をし、克服したからこそ、その人は評価されトップに上り詰めたのかもしれない。

 

さて、問題はここからである。
先に「取り返しのつかない」と思われる失敗例を挙げた。
重要な書類を紛失したり、手続きを忘れた場合、それはその後にどんなに頑張っても企業にとっては、やはりダメージが残るものである。信用失墜は残るだろう。
また、会場の手配を忘れた場合は、いくらみんなで手分けしてその後に会場を手配したとしても、当初イメージした会場よりははるかに劣るだろう。
大きな契約を落としてしまった場合も、落としてしまった契約は俄かに戻ることはない。たとえ取り返したとしても、たいがいは落としてしまった額よりはかなり少額であり、決して落としてしまった額を上回ることはないだろう。
また大きな取引先のトップを怒らしたしまった場合でも、俄かにそのトップの機嫌が直るということも考えにくい。
考えてみれば、今までの議論に水をさすようだが、その必死の頑張りや取り返しは、受けたダメージに比べればかなり小さなものである。
にもかかわらず、なぜ、そんな頑張りが評価されるのだろう?

 

それは、サラリーマン社会は共同社会であるからである。
今まで見えなかった共同社会としての側面が顔を出すのである。
先ほど述べた「取り返しのつかない失敗」は、多くの場合、みんなと利害が一致する事例なのである。
だから、私は、こうした場合には、「オープンにして大騒ぎをしろ」と言った。
そして、実際に、こうした場合は、あなたの周りの人は手を貸してくれるだろう。
だから、あなた自身も頑張らなくてはならないのである。
そして、最悪の事態を防げたときに、組織には安堵感が漂う。
それは組織全体で最悪の事態を防げたことを意味しているからだ。
共通の安堵感が次に向かうものは、最悪の事態を防いだ人への評価である。
つまるところ、サラリーマン社会は、事態の終わり方が極めて重要ということになる。
「論点」は、失った内容より、事態の終わり方に向かうことが多いのである。
そう、サラリーマン社会は、「終わりよければすべてよし」の色彩が強い社会なのである。

 

さて、実務を経験した私が痛切に感じることは、サラリーマンは共同社会であるとともにまさに多種多様な人の集まりだということである。
実は、こんな大ピンチのときでも、いっこうに平然としている人がいる。
つまり、自分のペースを変えない人がいるということだ。
やはり、それではダメである。最悪の事態を防ぐパワーが生まれない。また、周りの人も真剣になって手を貸してくれない。
あなたは、そんな人には決してならないでもらいたい。
これは、組織についてもまったく同じである。
組織が大ピンチに陥った場合は、組織全体で必死に頑張るしかない。
そこに解決のパワーが生まれ、事態は、収まるところに向かうのである。

 

最後に、私は、ものごと、「取り返しのつかない」ことになることはめったにないと述べてきたが、1つだけ「取り返しのつかないこと」になるものがある。それは、健康である。
それだから、健康を第一に考えてもらいたいのである。これがこの編の私からの最後のメッセージである。
あなたは、業務遂行編修了である。
自信を持って頑張ってもらいたい。

 

 

ポイント
①サラリーマン生活では「取り返しのつかない失敗をしてしまった」と思った場合でも、事態をオープンにし、大騒ぎすれば、「取り返しがつかなくなることは」滅多にない。
②ただし、そのためには、1つだけ条件がある。それは、自分自身も死に物狂いで頑張るということである。
③そして不思議なことに、そんな失敗をした人でも、窮地での頑張りによりかえって評価されることがある。
④サラリーマン社会は、事態の終わり方が極めて重要である。

 

 

 

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