知識は自分の中に仕舞い込む

「守る技術」の最終テーマである。長らくお付き合いいただいたことに感謝したい。
最終テーマは「知識は自分の中に仕舞い込む」である。
あなたは、「守る技術」を読んだくらいだから、相当ビジネス書の類は読んでいるのではないだろうか。
そして読むたびに、「この言葉は使える」「この部分は応用できる」と思い、人に話すときのイメージを持つのではないだろうか。
これはビジネス書に限ったことではない。色々な本を読むたびにそう思うのではないだろうか。
すなわち、本を読むたびに人に話したくて仕方がないということがあるのではないだろうか。
しかし、もしそんなことを人に話した場合、相手はあなたのことをどう思うか考えてみる必要がある。
これが最終テーマである。あなたと一緒になって考えてみよう。

 

外資系コンサルタント出身者が書いた本には、「空→雨→傘」という話が必ずと言ってよいほど載っている。
あなたは、この内容に最初に出会ったときは、それこそ目に鱗だったのではないだろうか。
人に話したいという欲求に駆られたのではないだろうか。
もし、それを人に話した場合のことを例にして考えてみたい。

 

3つのことを考える必要がある。
一番目は話す相手である。
あなたの会社の同期や友人に話した場合は、違和感が少ないと思う。
相手も「オレも読んだ読んだ」あるいは、「それ、どういう意味だよ?」と話が展開する可能性がある。
部下もOKである。「先輩、その本なんていう本ですか」「私も買ってみようかな」という反応もあるかもしれない。
それでは、会社の上の人はどうだろう? 多分、あなたはそんなことを上の人には話さないだろう。
仮に上の人に話した場合は、「なにオレに説教がましいことを言ってんだよ」と面白くは受け取られないだろう。むしろ、「おまえ、頭がおかしいんじゃないか」くらいに受け止められる可能性がある。
職場の人に話す場合は、微妙である。あとで述べる話し方次第だろう。
一般の人にはどうだろう? これは、単純にやめた方がいい。全員が全員、あなたと同じことに関心を持っているわけではないからである。

 

二番目は話し方の問題である。
職場の人に、その内容を披露するという形で伝えた場合は、おそらく「なに知ったかぶりしてるんだよ」と思う人が多いはずである。
仮に職場がある課題に行き詰まったときに、あなたが「実は、こんな考え方があるんだ」と話した場合でも△である。
なぜなら、人は本に書いてあることと実務とは異なることを体で知っているからである。
この場合も、「なに理想論言ってんだよ」「なに青臭いこと言っているんだよ」と思われる場合が多い。

 

三番目は、本当に人に話す本かどうかである。本の内容である。
これが東野圭吾や伊坂幸太郎の本だったら、みんなで共有できる場合も多い。
また誰もが読んだことがある夏目漱石や太宰治などの本は共有できると思う。
あるいは、本のタイトルがテーマを象徴している、近藤麻里恵の『人生がときめく片づけの魔法』、前に評判となった亀田潤一郎の『稼ぐ人はなぜ、長財布を使うのか?』のような本は、みんなの共通の関心事であるから、話は盛り上がる。
ところが、世の中には、思想家の本を、みんなが集まる懇親会などで披露する人がいるのである。
こういう人はよほど鈍い人である。披露したい気持ちはわからなくないが、あきれるといった言葉がぴったりだろう。
そして、ビジネス書の類も、興味のある人には刺さるが、興味のない人にはまったく無関係のものであることに注意する必要がある。

 

さて、ここでなぜ、このテーマを取りあげたかというと、本について話すときは、今まで述べたように、話す相手、話し方、内容自体を十分に考えなくてはいけないが、世の中、そうしていない人があまりにも多いのである。
こういうことを考えずに、とにかく自分が読んだ本のことを人に話したいという気持ちが強い人は、嫌われる。
あなたの周りにもきっと、そうい人がいるはずだ。
様々な感情を人から持たれる。「知ったかぶり」「変な人」「嫌な人」「ピントがずれた人」「見栄っ張り」……
そしてその人自身が違和感を持たれる。
注意しなければならないところである。

 

そして、本当に考えなくてはいけないことは、本は誰のためにあるかということである。
それは、自分自身のためにあるのだと思う。
人によって選ぶ本は違う。また、刺さる箇所も異なる。ということは、一冊一冊の本の意味は人によって異なることを示している。
そう考えると、やはり、本は自分のためにあるのである。
そして、自分が本を読んで「これだ!」と思った箇所は、他の人にも当てはまるかというと、それはやはり違うということは認識しておいた方がいいのである。

 

だが、自分が本を読んで、刺さった部分を人に話したい気持ちは痛いほどよくわかる。
しかし、その前に、その刺さった部分を自分の血となり肉とすることが重要なのではないだろうか。
そして、自分の血となり肉となったことが、初めて他の人に刺さるのではないだろうか。
本の内容がそのまま刺さるわけではないのである。
だから、あなたは、ビジネス書を読んで刺さった部分は、まず自分のものにしていただきたい。
その上で、人に話すのなら、人は受け容れるのではないだろうか。
この「守る技術」も同様である。
あなたが「これだ!」と感じた部分は、まずあなたに実行していただきたい。
その上で、悩んでいる同僚や部下にアドバイスを送るときの参考にしていただきたい。

 

この問題をもっと言うと、知識は誰のためにあるかということである。
それは、人に話すためにあるわけではないと思う。
自分自身のためにあるはずである。
表現は難しいが、まず、知識を自分の血となり肉とするために、自分の中に仕舞い込み咀嚼してもらいたい。
こういう積み重ねが、サラリーマンに限らず重要だと思う。
それは、実力を蓄えるということでもある。

 

最後に、この「サラリーマンの守る技術」の目的は何かということを話しておきたい。
あなたが気づいているように、この「守る技術」は手段である。サラリーマンを生き抜く手段である。
私自身のサラリーマン経験をできうる限り振り返り、「あの時、ああした方がよかった」「今ならこうする」と思うことを考え抜いたつもりである。
私自身の失敗体験、反省材料をベースにしている。
手前味噌にはなるが、考え抜いた手段と思うので、あなたは、この手段、考え方を持てば、立派にサラリーマンを生き抜くことができると考える。
そして、問題はその先である。
世の中では、サラリーマンの成功について色々なことが言われているが、私は、そんな単純で表面的なものではないと思っている。
私は、それは、あなた自身が決めることだと思っている。
しかし、あなた自身が選択する前に、まずは、生き抜く術というものが必要と思い書いたのである。
あなたの活躍とあなた自身の人生が輝くことを、心から祈っている。

 

 

ポイント
①知識は人のためにあるのではない。自分自身のためにある。
②自分が本を読んで感じた部分は、まず自分自身で実行し、自分のものにする。
③人は、あなたが話す本の内容に共感を持つのではなく、知識が血となり肉となったあなたに共感を呼ぶのである。

 

 

 

 

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サラリーマンの本質

 

 

 

直属の上司を立てる

「守る技術」もいよいよ終わりに近づいた。
サラリーマンにとって、上司の存在はあまりにも重い。会社への足が重いときも、そこには上司の存在がある。
そして、人に仕えるという意味を毎日、体で感じながら会社に向かい、会社をあとにする。
だからこそ、「守る技術」では、相当な部分を上司との関係の考察に割いたのである。

 

そんな上司との関係だが、サラリーマンが長くなるにつれ、やってしまう行為がある。
それは、「飛び越して話す」という行為である。
直属の上司のことをおもしろく思っていないときや、ちょっと馬鹿にしたときにやる行為である。
また、出世志向が強い人もやることが多い。
多分、飛び越す側、すなわち部下側にもそれなりの理由が沢山あると考える。
「そっちの方が判断が早いから」「話してもわかってもらえないから」「理解する能力がないから」「もっと上の人に認めてもらいたいから」というのがだいたいの理由ではないだろうか。
あなたも、そんなことがないだろうか。

 

問題は、こうした「飛び越して話す」影響がどのように出るかである。
それを、上司との関係の締めくくりとして、あなたと考えてみたい。
ここでは、直属の上司の機嫌を損ねるという当たり前の議論は避けて考えてみたい。

 

サラリーマン社会では、「飛び越して話す」ことにより思惑通りに功を奏する場合は確かにある。
特に出世した人にはその傾向が強い。
それならば、「やるべきじゃないか」とあなたは思うかもしれないが、そう簡単なものではない。
ポイントは、「飛び越された上司」は、そのことであなたをどう見るかというよりは、どういう人間と見るかである。
それは、上司は、おもしろくないに決まっているが、普段の自分への態度も含めてもっともっと総合的に見るはずだ。
ここからは、超現実的な話になってしまうが、ちょっと辛抱して聞いてもらいたい。
問題は、その上司から、あなたは評価や考課を受けるということである。
もちろん、事実に基づいた業務進捗や成果が重要視されるが、印象としてどういう影響を受けるかということである。

 

多くの企業は、評価については二次評価制を導入している。
そして、「飛び越された」上司は、あなたの直属の上司にあたるから、一次評価者ということになる。
問題をさらに深掘りすると、仮に一次評価でいい印象がつかなかった場合、あなたが話した、あるいは相談した上の人がちゃんと修正してくれるかである。

 

この問題の結論を言う。
確かに最終評価者は二次評価者であり、一次評価者の評価を修正する場合もあるが、それはわからないのである。
そして、あなたが考えているより一次評価者の評価は重い。そこでの評価は後々まで残るはずである。
なぜなら、被評価者のことを一番知っていると思わるのは、やはり直属の上司だからである。
要は何を言いたいかというと、現実的な話をしてしまったが、サラリーマン生活においては、あなたが上司のことをどんな風に思おうとも、やはり切っては切れない関係にあるということである。
上手く付き合っていかなければならない対象であるということである。

 

こう考えると、嫌で嫌でたまらない上司がいる場合、お先真っ暗に見えてしまうかもしれないが、ぜひ、上司を一人の人間として捉えてもらいたい。
もちろん、人間性も箸にも棒にもかからない上司がいるかもしれない。
しかし、「上司との関係編」をもう一度読んでもらいたい。
上司との関係が上手くいかないときは、些細なことが積み重なることが多いのである。
その些細な部分は、上司との関係というよりも、人と人との関係の部分なのである。
その部分に気遣いや、思いやりがあるのである。
そういう姿勢で上司と向かい合ってもらいたいと思っている。
仮に今、上司との関係が上手くいっていないとしたならば、業務面よりは、人と人との関係、人間性の部分に解決の糸口があるはずである。
あなたは、すでに、「守る技術」を読んで理解したことにより、業務の遂行という面では、絶対に困らないはずである。
むしろ、人より大きく前に出ているものと確信している。
そうすると、残る部分といったら人間性、人の気遣い、思いやりの部分なのである。

 

そして、やむを得ず、「飛び越えて話す」場合は、あなたの直属の上司にも、上の人にも話したということを言ってもらいたい。
それを言いにくいことは、よくわかる。しかし、あなたの上司が何もあなたから聞いていないというのは、やはりまずいのである。
それは、人と人との関係でまずいのである。そして、あなたの人間性の問題になってしまうからである。

 

 

ポイント
①上司との関係は、最終的には人と人との関係である。
②上司との関係を改善したいときは、気遣い、思いやりなど人と人との関係の部分に解決の糸口がある。

 

 

 

 

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サラリーマンの本質

 

 

 

社内情勢には精通するが、話さない

サラリーマン社会には、人事情報や社内情勢が気になって気になって仕方がないというよりは、大好きな人が必ずいる。
「次の社長は、A専務、B常務、C常務の3人の中から選ばれるのは間違いないぞ」という情報に始まり、「次のウチの部の部長は、経理部のDさんが有力だ」、「ウチの課長は部長によく思われていない。この4月に転勤間違いなしだ」と人事予測までし、その上、「最近、社長とE常務の中は微妙らしいぞ。先日もこんなことがあった」「今、京都支店は大変らしいぞ。先日監査が入ったが、こんなことが発覚したらしいぞ」「先日、総務のFは、B常務からこっぴどく怒られたらしいぞ」と社内情勢までも人に話す人がいる。
重宝といえば重宝だが、どこか人に煙たがれる。
あなたも、たいがい、こんな人たちから情報をもらい、「そうか、そういうことになっているのか」と社内の情勢を知るが、なんとなくその人が煩わしくも思うのである。

 

この煙たがれる、煩わしく思われるということが、この人たちのキーである。
それでは、なぜ、この人たちは、そのように思われるのだろうか?
その理由を、あなたと考えてみたい。
一つは、その人から電話がよくかかるということである。
こっちが忙しくてもお構いなしに、「おい、聞いたか?」という電話がかかる。しかも、電話が長い。
もう一つは、しつこいことである。
電話だけでなく、飲みに行っても、ほとんど、こんな話に明け暮れる。

 

さて、こんな社内情報家自身が、わかっていないことがある。
それは、この人たちの電話や行動は、みんなに知られているということである。
さすがに、こんな人たちも、おおっぴらには、そんな電話をしない。上司がいないときを狙い、電話を仲間内にかけているが、それでも上司にも知られているのである。
また、なにか社内で問題が発生するたびに、こんな人が活躍することも、会社の上の人や人事部などは知っているのである。
それは、この人は、漏れた情報を仲間などに伝えているが、その仲間からそんな電話があったことはまた漏れるのである。
このことに気づいていないのである。
ここが重要なところだが、あなたは、情報は人に話した瞬間に漏れるものだということを忘れないでもらいたい。
そして、こんな人たちが、会社や上司から面白く思われるわけがない。
「そんなことより、自分の仕事をしっかりやれよ」と必ず思われているはずである。

 

さて、情報の取り扱いは非常に難しい。
今まで述べたことから、それでは、人事情報や社内情勢に無関心の方がいいかというと、そうではない。
やはり、こうした情報は知っておいた方がいいと思う。
あなた自身の仕事の面、心の準備の面で役立つことがあるからだ。
しかし、こうした情報伝達の主体者になってはいけないということだ。
これは、言うは易しいが、非常に難しいことと思う。
なぜなら、情報は、よく本に記載がある通り、与えるから来るものだからである。
そして、実際に社内の人と会話をしているときは、こちら側の情報を話してしまうものである。
これは、色々言っても防ぎようがないことだと思う。
こんな中で、できることといったら、少なくとも、情報拡散の主体者にはならないことである。
そう思われないことである。

 

そして、あなたが話したことは必ずどこかで漏れるということを前提に考えた場合、これも非常に難しいことだが、できうる限り、「あの人は、仕事がきっちりしている。先日もこんなことがあった」「お客から指名されることが多い」「先日も、あることで、課長からほめられた」と話の対象者の「いい情報」を話すことである。
難しいと思うが、ぜひ、心がけてもらいたい。

 

 

ポイント
①情報を伝えることは、伝えたこと自体がまた漏れるということを忘れてはいけない。
②情報は人に話した瞬間から漏れるものと覚悟する。
③非常に難しいことだが、漏れてもいい情報を話すように努める。

 

 

 

 

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サラリーマンの本質

 

 

 

忙しく振る舞うことはいいことではない

長くサラリーマンをしている人でも勘違いしていることがある。
その典型的な例に、忙しく振る舞うことはいいことだと思っている人がいる。
あなたも入社間もないころ、先輩の、電話をかけていたかと思うと、小走りに社内のある部署に向かい、そしてあわただしく外出していく姿を見たはずだ。そして、そのとき「この人、すごい人だな。自分も早くああなりたい」と思ったはずだ。
しかし、あなたもサラリーマン経験を積み重ねていくと、こうした先輩に対して思ったものが別のものに変化していく。
それは、「ああ、また、始まったな」くらいにしか思えなくなってしまう変化である。

 

そして、忙しく振る舞う人への周囲の感情が変化しているにもかかわらず、その変化を感じていないのは当の本人だけということが多い。
この人たちの勘違いは、忙しく振る舞うことが、会社に、そして組織にとってもいいことだと思っていることにある。
そして、その裏には、「ああ、あの人はやり手だ」「あの人はウチの組織には欠かせない」と思われたいからであろう。
だから、オーバーアクションにもなるのである。

 

しかし、この人たちには酷だが、サラリーマン社会では、この人たちのことは「段取りの悪い人」という一語で片づけられてしまう。
そして、おまけにオーバーアクションで変な奴というレッテルまで貼られる。
実際、この「段取りが悪い人」というのは、あたっている。
この人たちは、たえず時間に追われているからだ。
多分、冒頭の例で言えば、違う部署に走るのも、もうミーティングが始まっているからだろう。また、あわただしく外出するのもアポの時間に間に合うかどうか、ぎりぎりだからだろう。
そんな姿に、あなたは、「それならば、電話なんかかけないで、ミーティングの開始に備えればいいじゃないか。また得意先とのアポも、そんなに予定が立て込んでいるなら、時間をずらせてもらえばよかったじゃないか」と思うはずである。
しかし、当の本人は決していしないのである。
それは、自分は忙しいと思われたいからである。
だから、予定を押し込むのである。

 

さて、こんなに忙しく振る舞う人の業務進捗や営業成績はどうかというと、ダメなことが多い。
ここは、よくよくその原因を考える必要がある。
それは、この人たちの目的は、「忙しい」にあるからである。自分が忙しく思われたいことにあるからである。
考えてみれば、ミーティングを実のあるものにする、また得意先との面談も内容の濃いものにしようとすれば、こんなタイトなスケジュールなど入れるわけがないのである。こんなにバタバタすることはないのである。
すなわち、目的が違うところにあるということになる。
これでは成果が上がるはずはないのである。

 

重要なことは、忙しくすることと成果とはまったく関係がないということである。
あなたも、ぜひ、ここを押さえてもらいたい。
確かにサラリーマンは、行動に移すことが重要だが、やみくもに行動を起こしても何も生まれない。
行動を起こす前に、もう一度目的を考える必要がある。
考える時間というのも非常に大切なのである。
そして、この考える時間が成果を決めるのである。
あなたも、周りからの印象と、成果という観点から、この「忙しくする」ということをもう一度考えてもらいたい。
そして、ここで例に挙げた人を反面教師にしてもらいたい。

 

 

ポイント
①忙しくすることと成果とはまったく関係がない。
②行動を起こす前に、目的を考えることが重要である。
③考える時間が成果を左右する。

 

 

 

 

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サラリーマンの本質

 

 

 

知ったかぶりは痛い目に合う

「知ったかぶり」は嫌われることをみな知っている。
しかし、そんなことをわかっていながら、サラリーマン社会では「知ったかぶり」をして失敗する人がいる。
あなたは、「わかっているのに、なぜするんだろう?」と思うかもしれない。
そこで、ここではサラリーマン社会では、どんな「知ったかぶり」で失敗するのかを実例を挙げて考えていきたい。

 

サラリーマン社会でよくある失敗例の一つに、得意先の情報に関するものがある。
部長と先輩とあなたで飲みに行く。
そのとき、先輩は、部長にこんなことを話すのである。
「そうそう、先日〇〇商事の××専務と飲みに行ったんですが、息子さんの就職のことで相談を受けました。息子さんは△△大学で文学を専攻しているらしいんですが、専務は、『文学じゃ食べていけないし、できれば銀行にでも行ってくれればなあ』とこぼしていました。
あ、そうだ! この間もゴルフで一緒だったんですよ。飛ばしますよ。ドライバーはゼクシオを使っていましたね。
ご自宅も拝見しました。新百合ヶ丘の北口側の住宅地にありますが、ご自宅のバラはきれいですよ。奥さんの自慢ですから………」と話を続けるのである。
そして、その度に部長は、「そうか」と頷くのである。

 

ところが、それからしばらくして、その○○商事にライバル社であるA社が食い込み、契約が失われるという事態が発生したのである。そしてA社の参入を後押ししたのは、他ならぬ××専務だったのである。
そして、そのときに判明したことがある。
それは、先輩が××専務と飲みに行ったのは、1回だけであること、ゴルフも一緒に回ったのではなく、たまたまゴルフ場で会い、××専務のショットを見ていただけだったこと、自宅の件も、偶然に××専務の自宅を通り過ぎたことがあるということがわかったのだ。

 

あなたは実感が湧かないかもしれないが、こうした話は実際にサラリーマン社会でよくある。
これは、「知ったかぶり」というよりは、誇張なのかもしれない。
あなたは、「そんなこと言わなければいいのに」と思うかもしれないが、こうした話をする人はサラリーマン社会には多いのである。

 

もう一つの典型的なパターンを見てみよう。
それは、自分の特技や知識を「知ったかぶり」する例である。
「私、前の会社で(あるいは前の部署で)ちょっとシステムに携わっていたんでわかるんですが、こういう場合は……」と話す人も多い。
そこで、あなたの会社のシステム改革責任者、HP改定責任者に抜擢される。
システム改革、HP改定の会合は何度も開催さたが、何も決まらないのである。
それもそのはずである。多少、用語を知っているくらいのレベルでシステム改革などできるわけがないからである。

 

ここで、あなたは思わないだろうか?
この2つの例は似ているのである。
どちらも、「自分を大きく見せたい」ということである。
なぜ大きく見せたいかという裏にはきっと、認められたいという思いがあるのだろう。
しかし、そのために、後で大きな代償を支払わなければならなくなるのである。
そして、会社のある業務の進捗が止まったとき、あるいは営業の進展が止まったときは、こういう「知ったかぶり」の人が存在することが多いのである。

 

気をつけなければならないことは、一度でも周りの人がこうしたことを知ると、もうその人の話は、信用しなくなるということである。
その次に、「知ったかぶり」をしても、誰も相手にしてくれないのである。
また、こういう人たちは、「知ったかぶり」が癖になっているから、痛い目にあっても、またやってしまう。
だから、周りから、嫌われるのである。

 

そして、サラリーマン社会には、これと逆の現象がある。
それは、組織の中で、「そのことだったら〇〇へ聞けよ」とか「その件は、○○が詳しいぞ」とか暗黙の了解が生まれることがある。
先に述べた例とどちらが好ましいかは言わずもがなである。
サラリーマン社会では、なにかに焦るときに、自分を大きく見せようとする嫌いがある。
あなたは、焦ることはない。自分の実力をじっくり蓄えるというのがサラリーマンの王道である。

 

 

ポイント
①「知ったかぶり」は自分を大きく見せたいときに起きる。
②そして、なにかに焦るときに、自分を大きく見せようとする。
③サラリーマン社会では、自分の実力をじっくり蓄えるというのが王道である。

 

 

 

 

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サラリーマンの本質

 

 

 

どうでもいいことに固執しない

どの世界にも頑固な人がいる。しかし、サラリーマン社会には頑固というよりは傍から見ると、どうでもいいことに固執する人がいる。
多分、その人たちにとっては、どうでもよくないのだろう。
一般の人から見るとどうでもいいことだが、その人たちにとってはどうでもよくないことを、ここでは考えてみよう。
それには二つの意味がある。一つは、変なところに固執する人は、やはりサラリーマン社会では嫌われるからだ。「また、始まった」となるからだ。
二つ目は、このことを考えていく過程で、どれが本筋でどれがどうでもいいことなのか、見極めがつくからだ。

 

サラリーマン社会で、あることに固執する人は、だいたい、その「あること」が決まっている。
その「あること」は、手続き論であることが多い。
たとえば、ある申請事項があるとする。
それを、「お前の部署から上げるのが筋である」と一歩も譲らない。
確かに企業には職務分掌というものがある。しかし、実際には、複数の部署にまたがる業務というものもけっこうあるのである。
そんなとき、この人たちは、「元々、この話の経緯は………で始まったんだから」とか、「○○部が言いだしたことなんだから」と譲らないのである。
「たかが、申請書一枚のことじゃないか。どっちが上げてもいいじゃないか」とあなたは思うかもしれないが、部門間で、あるいは担当者同士で一歩も譲らず膠着状態になるのである。

 

こんな調子だから、社内向け文書、あるいはメール一つでも、誰が出すべきかにこだわる。
経費の負担も、誰が負担するのかにこだわる。
これが、組織でなにか新しいことを始めるとなったら、もっと大変だ。
「これは、本来〇〇部がやることだ」とか「△△さんがやることだ」と言い出し、一歩も引かない。

 

あなたは、このこだわりについて、どう思うか?
あなたは、「まったく、くだらない」と思うのではないだろうか。
そして、次に、「そんなこと、どうでもいいじゃないか」と思うのではないだろうか。
そう、そのように思えるものが、どうでもいいことなのである。

 

これらのこだわりには特徴がある。業務の内容ならまだしも、違う部分にこだわっているのである。
先ほど例に出した申請事項も、こんなところにこだわっていたら、申請の対象となるものが一歩も進まなくなる。
元々、申請は、人を採用するとか、物を買うとか、広告を掲載するとか、なにか必要なことが生じたから起こすものである。
その必要なことへの対処が、何も進まなくなるのである。
そんなにこだわる時間があれば、さっさと申請書を書いてしまえばいいのである。

 

こう考えてみると、だいぶ、どうでもいいことが見えてきたのではないだろうか。
こだわることにより、業務が進捗したり、改善するとか、判断の適否を見直すことができるとか、営業の進展が図れるというのなら、それは、こだわる対象があるから意味がある。
しかし、そうでない場合は、こだわっても何も生まれないのである。こだわるメリットがないのである。
これが、どうでもいいことである。

 

加えて言えば、どうでもいいことにこだわっている時間はあまりにも惜しい。
その時間を、自分のやるべきことにあてれば、かなりの進捗が図れると思うのである。
しかし、サラリーマン社会には、どうでもいいことにこだわる人は、あまりにも多い。
あなたも気づいていると思うが、生産的ではないのである。
現実的な表現を使えば、その間の給料に対する見合いがないのである。
だから、こういう人の社内での評価は、残念ながら低い。
そして、周囲の人は「それよりは、もっと、自分の業務にこだわってもらいたい」と思っているはずである。

 

あなたも、こんなイメージを持たれないために、なにかに反応して、こだわりを持ちそうになったとき、ここで考えてきた「どうでもいいこと」かどうかを冷静にチェックしてもらいたい。
そして、自分の本来の業務など、こだわりを持たなければならないところには、とことん、こだわってもらいたい。

 

 

ポイント
①まず、こだわりの対象について考えてみる。

②こだわっても何も生まれないもの、なんのメリットがないものが、どうでもいいこだわりである。

 

 

 

 

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サラリーマンの本質

 

 

 

やってから、ものを言う癖をつける

「やってから、ものを言う」の反対は、「やらないのに、ものを言う」である。
そして、サラリーマン社会では、「あいつは、どうせやらないんだから」というレッテルを貼られている人が多い。
言うまでもなく、サラリーマン生活でこういうレッテルを貼られると前途は暗い。
あなたは、自分の周りを見渡してみると「確かにこういう人はいるな」と思うと同時に「なぜ、やらないのか?」と思っているはずだ。
それがここでのテーマである。

 

実際、この人たちが「なぜ、やらないのか」は謎に包まれている。
それは、この人たちは、雄弁家であることが多いからだ。雄弁家であるにもかかわらず、「なぜ、やらないか」と周りの人は思っている。
そんなに、ものを語れ、分析できているのに、「なぜ、やらないか」と思っているのである。

 

この人たちは、会社や部の施策が発表されたとき、新しい取り組みが始まろうとするときに、間髪を置かずに、施策や取り組みに対して批評を開始する。
「それはあたるわけがない」「現実的でない」「現場の状況を踏まえていない」「効率的でない」「時間の無駄だ」「他にやるべきことがあるはずだ」………。
それは、批評というよりは批判であるが、重要なことは、こんな批判にものすごいエネルギーを使うのに、なぜ、やることにエネルギーを使わないかである。
私は、サラリーマンを始めた頃、この人たちのことをものすごい優秀な人たちだと思っていた。
それは、これだけのことを分析でき、雄弁に語れるからである。居酒屋に行っても独り舞台の勢いだからだ。
そして、最初は、やらないのは、持論に基づき抵抗しているのかと思っていた。

 

しかし、私は、サラリーマンを続けるうちに、この人たちへの見方が変わってきた。
それは、単純に、「やらない」という癖がついているだけではないかと思い始めたからだ。
そう考えてみると、彼らの批判は、自分が「やりたくない」理屈付けに思えてくるのだ。
そして、もう一つ。こうした人たちは、けっこうベテラン社員が多い。
もしかして、やった結果を気にしているのではないか。やって上手くいかなかったときのことを考えているのでは思えてきた。
つまり、彼らはプライドが高いということになる。

 

確かにサラリーマン社会は色々な意味で厳しい世界である。たとえば、彼らが心配しているように、新商品の販売など新しい取り組みが実施されたとき、入社2年目の社員の方が入社15年目の社員より成果を上げたということは、ざらにあるのである。
もしかして、彼らは、こんなことまで想像して自分のプライドを傷つけまいとしているのかもしれない。
だから、その前に布石を打っておきたいと思っているのかもしれない。

 

多分、以上述べたことが折り重なり、積み重なって、「やらない」という癖になったのだと思う。
しかし、あなたが感じている通り、この人たちの意見は、「ああ、またか」くらいに思われ、まったく重んじられないことに注意してもらいたい。
そうなったら、おしまいなのである。

 

実際、サラリーマン社会には現場の直観のようなところがある。
あなた自身も、新しい施策が現場に下されたときに、「えっ? なんだこの施策は」と感じるときが多いと思う。
もちろん、ここで意見を言ってもいいが、「やってみる」という動作も必要なのである。
それは、「やってから、ものを言う」人と「やらないで、ものを言う」人とでは、受け止め方が違うからである。
やはり、「やってから、ものを言う」人の意見は、尊重される。
そして、そのことが積み重なって、やがてその人の意見自体が尊重されることになる。

 

どうだろうか? この「やる」「やらない」そして、「やってから、ものを言う」「やらないで、ものを言う」は、癖のようなものである。
癖のようなものだから、いったん付いたものは、なかなか剥がれない。
ぜひ、いい方の癖を身に付けてもらいたいと考えている。
そうすれば、あなたの社内でのポジションもずっと高まるはずである。

 

 

ポイント
①「やってから、ものを言う」「やらないで、ものを言う」は癖のようなものである。
②「やってから、ものを言う」人の意見はたえず尊重される。そしてこうしたことが積み重なり、その人の意見自体が尊重されることになる。

 

 

 

 

綾小路亜也のビジネス書
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サラリーマンの本質

 

 

 

サラリーマンのパフォーマンス

サラリーマン社会のパフォーマンスの意味は一般とは異なるが、全員が共通認識を持っているところに特徴がある。
その共通認識を代表する言葉が、「アイツ、また、パフォーマンスを打った」である。
あなたもよく聞く言葉だと思う。また、実際にパフォーマンスを打つ人を見ているのではないだろうか。
そして、あなたはパフォーマンスを打つ人にある感情を持っているはずだ。
それは、決していい感情ではないはずだ。極めて悪い印象を持っているはずだ。
しかし、パフォーマンスを打つ人はミエミエにもかかわらず、打ち続けるのである。
そして、パフォーマンスを打つ人は、一般の社員から役員に至るまで存在しているのである。

 

それでは、サラリーマン社会では、どんな場合にパフォーマンスを打つのだろうか?
それは、大きく3つの場合である。

 

①自分の成果を強調したいとき
自分がやったこと、自分の成果がいかに会社方針に合っているかを強調する。
特に成果発表などするときは大変である。パワーポイントを駆使して資料を作成するが、その資料の目的は、成果を共有することではない。専ら上の人の目を意識して作成される。
資料の最後には、「こうして社員の意識が変わった」「職場も明るくなった」「社員も喜んでいる」と上の人が喜びそうなことを書き、お客さまからの手紙までPDFに落とし込み貼り付ける人もいる。
最後に上の人が最も喜びそうなお客さまの声を掲載するなどは、ビジネスコンサルタントも顔負けである。
それを、恥ずかしげもなく、身振り手振り、声の調子まで変えてプレゼンするところにパフォーマーたるゆえんがある。

 

②上の人に追随する
上の人が間違っていようがいまいが、徹頭徹尾、上の人の言葉に追随する。
特に会議の席で、上の人の発言に質問したり、疑問を呈する人がいたら大変だ。
上の人に成り代わり、それこそ不動明王そっくりの顔までしてその人を罵倒する。
顔まで赤くすることができるから、役者も顔負けである。

 

③上の人がいないときに自分の存在感を見せる
上の人が出張や休暇でいないときも、パフォーマーは活躍する。
職場でも、代理出席した会議でも暴れまくる。上の人が後で聞くと喜ぶことは全部やる。
職場の人に真っ赤な顔をして指導したり、会議では自分の職場に固執し一歩も譲らない。

 

どうだろうか?
あなたは、パフォーマーの目的は十分にわかっているはずだ。そう出世のためにやるのである。
私が興味を覚えるのは、パフォーマーは、社内で100%嫌われるのに、嫌われているのを承知でやり続けているのか、嫌われているのを知らないでやり続けているかということである。
多分、そこには資質というものも大きく存在しているのだと思う。
そして、実務経験者として有り体に言えば、彼らは効果があるからやり続けているのではないだろうか。
非常に残念なことだが、サラリーマン社会では、一定のパフォーマンスの効果はあると言わざるを得ない。
きっと、「そんなこと上の人は見抜けないのか?」「会社は何を見ているんだ」と言う人は多いと思うが、そして私自身もそう思うが、上の人は多分そんなことを承知しているが、やはり可愛いのではないだろうか。

 

問題はここからである。
企業で一番嫌われるタイプはパフォーマーであることは、サラリーマンのだいたいの共通認識だろう。
しかし、現実問題、残念ながら一定の効果はあるのである。
さて、あなたはどうするか? である。
非常に難しい問題だが、若干私の考えを述べる。参考にしていただきたい。
不適切な表現になるかもしれないが、若いうちはやらない方がいい。
若いうちは、そんなことより、せっせと仕事に励み、業務知識を修得し経験を積み重ねてもらいたい。
知識と経験がないのにパフォーマンスを先行することは、やはりおかしいのである。

 

そして、気をつけなければならない点は、標準的な上司はやはりパフォーマンスを嫌うということである。
それに、パフォーマーの行動は、直属の上司というよりは、もっともっと上の人を見ていることが多いのではないだろうか?
そんなことから、あなたの直属の上司の意見は、きっと私の意見と同じはずである。
それにこわいことは、あなたの直属の上司から、初期のうちにそういうレッテルを貼られることだ。
あなたの上司は、きっと「アイツ、まだ仕事もろくろく覚えないうちに、そんなことを覚えて………」と思うはずである。
実際、これと似たような発言をあなたも違う場面で聞いているのではないだろうか。
そして、上司からこう思われたら、あなたがまだ修得できていない知識や経験がより浮き彫りにされてしまう。
いい評点に結びつくことはない。
だから、私は誤解を覚悟で、若いうちはやらない方がいいと言っているのである。

 

また、こう言うとさらに不適切に聞こえるかもしれないが、パフォーマーは一定の能力水準を持ち、確かに成果を上げることが多い。
しかし、そのアピールが度を過ぎているという見方もできる。
あなたの周りにいるパフォーマーを見てもらいたい。きっとそんな特徴があるのではないだろうか。
こんなところから理由を持ってくるのも変な感じがするが、その意味でも内容と経験を持たないうちは、やらない方がいいのである。

 

一番こわいことは、初期のうちに貼られたレッテルというものは、その後のサラリーマン生活で消えないということだ。
必ず、「ああ、アイツな。パフォーマンスするやつだろ」というレッテルが付きまとう。
それが社内のコンセンサスとなる。上からも下からも同僚からもそう見られるということである。
選ぶのはあなただが、こう考えると、あまりにも失うものが多いということになる。
そして、そういう人と付き合う人は限られてくるのである。

 

 

ポイント
①パフォーマンスのこわいところは、一度貼られたレッテルが消えないでその人に付きまとうということである。
②パフォーマンの一定の効果はあるかもしれないが、失うものはあまりにも大きい。

 

 

 

 

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サラリーマンの本質

 

 

 

明るい人が好まれるワケ

人の好き嫌いは、人それぞれである。
よく話す人を好む人がいるかと思えが、無口な人を好む人もいる。積極果敢な人を好む人がいるかと思えば、熟慮慎重な人をを好む人もいる。
つまり、まったく正反対のタイプの人を、個々人は好んでいるのである。
だから、サラリーマン社会というよりは世の中は複雑であり、相性が云々されたり、仲の良し悪しというものが生じるのだろう。
だから、あなたは、もし自分の性格で悩んでいたとしたら、あまり心配しない方がいい。
そして、このことは、なかなか全員から好かれるということは難しいことも示している。

 

しかし、先に述べたような反対概念がまったく支持されないものもある。
それは、明るさである。その反対は暗さになるが、おそらく暗い人を好きな人は滅多にいないだろう。
性格的なもの、人物特性に限って言えば、反対概念がまったく支持されないのは、おそらく明るさだけではないかと思う。
たとえば、サラリーマン社会には、だらしがない人がいる。その反対は、おそらくきっちりしている人、しっかりしている人になるが、人はこのきっちりしている人、しっかりしている人を好むに決まっている。これも反対概念がまったく支持されない例だが、行動特性の話であることに注意する必要がある。

 

そんなことからかもしれないが、企業ではこの「明るい」ということが最も重視される。採用面接でも最も重視される。
しかし、この「明るい」ということが、採用面接や人物評価で最も重視されているにもかかわらず、あなたは、「あれ?」と思うことはないだろうか。
それは、どんな企業にも暗い人がいるからだ。
そして、不思議なことに、そんな暗いと思われている人が、採用面接や人物評価を行い、「明るい」ことが一番と考え評点を下していることがあるのだ。
もしかすると、自分では明るいと思ってはいるが、人からは暗いと思われている人は、けっこう多いのではないかと思うのである。
そんなことから、ここは一度、「明るい」という概念、イメージを整理してみる必要があるのではと考える。

 

人はどういう場合にある人を「明るい」と判断するのであろうか? 議論はここから出発する。
多分、直観的に思うことは、笑顔ではないだろうか。いつもニコニコ笑っていたり愛想がいい人を「明るい」と言うのではないだろうか。
ここをもう少し掘り下げてみよう。
つまり、「明るい」と思われる人には、表情があるのではないだろうか。
表情があるから、人は話しかけやすいのではないだろうか。
確かに明るい人は、いつも人と話しているようなイメージがある。
そして、話す言葉も明瞭なのではないだろうか。明るい人がボソボソと話している姿なんて、とてもイメージできない。
また、色々なことがあっても、落ち込まない人なのではないだろうか。

 

ざっと考えただけでも、こんなことが浮かんでくる。
そして、こんな明るい人が職場にいると、職場の人は明るい人にどう対応するのだろうか。
もちろん、色々なことを話したり、相談したりするだろう。そのことで話しかけた人の気が晴れるということもきっとあるだろう。
それに、明るい人は頼みやすい人なのではないだろうか。
そして、頼んだときにすぐにその反応が表情などで返ってくる人なのではないだろうか。
そこで気を遣う必要がない人なのではないだろうか。
この点は大きいような気がする。

 

サラリーマン生活で嫌だなと感じる瞬間は、人にものを頼むときである。
「はいわかりました」とか「ちょっと、待ってください。この仕事が終わったら、やりますから」という答えがすぐに返ってくると、頼んだ人は本当にやりやすい。
ところが、わかったようなわからないような表情をされたら、本当にやりにくいし、「やっぱり、頼むんじゃなかった」と思うものである。
こんなことを考えると、明るい人は、つまり他の人から見て、一緒に仕事をやりやすい人なのではないだろうか。
だから、好まれているのではないだろうか。

 

実際、組織というものは、単なる職員の能力の足し算ではない。有能な人が多くいる職場が必ずいい成績を上げるとか、目標を達成するとか、進捗がいいということでは決してない。
むしろ、職員間同氏が上手くいっている組織の方が、成果を上げる場合が多い。こんなところが実社会の面白さでもある。
そんなことを考えると、明るい人は、組織運営上も不可欠な人とも言えるのである。

 

そして、注意しなければいけないことは、今まで述べてきたような明るい人の特徴と異なる点があったとしたならば、自分で「オレは明るい」と言っても、人はそうは見ていないということになる。
ぜひ、明るい人を教材にして、自分と対比してもらいたい。

 

 

ポイント
①明るい人には表情と反応がある。
②そして、明るい人は、人が話しかけやすく、頼みやすい人である。
 そんなことから、組織運営上、非常に重要な役割を持つ人となる。

 

 

 

 

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サラリーマンの本質

 

 

 

サラリーマンの服装について

サラリーマンは印象が極めて大事である。いくら能力があっても、いくら仕事の進め方に長けていても、印象が悪ければ元も子もない。
ここからは、印象についてあなたと一緒に考えていきたい。
印象と言うと、まずイメージするのが外見である。具体的に言うと服装である。
ところが、第一印象を決定づけるほど重要なサラリーマンの服装について、ビジネス書で取り上げられることは極めて少ない。
また、会社や上司からも服装について具体的に語られることは、ほとんどない。
だから、みんな実のところはわからないまま、自分の判断で服装を選んでいる。
確かに人の服装については、その人の価値判断というものもあり、他人がとやかく言うことではないかもしれない。
しかし、自分の判断だけではわからない注意点もあるのである。

 

まず、サラリーマンの服装についての大原則を話しておきたい。
一言で言うと、「小ざっぱり」としていればOKである。
「小ざっぱり」という意味は、おおよそ「飾り気がなく、清潔で感じのよいさま」に集約される。その言葉通りのイメージである。
ブランド品や高い値段のものにこだわる必要はない。
それよりも、「清潔で感じがよい」というイメージを持ってもらいたい。
考えてもらいたいことは、ブランド品や高級品への「こだわり」は自分自身に向けられているということである。それよりは、あなたを取り囲む人の印象の方が重要である。
確かにサラリーマン生活の中では、ブランド品や高級品が必要な場合もまったくないわけではない。しかし、それは立場や役職との釣り合いから生じるものである。
それは、そのときに考えることであり、原則は、やはり「小ざっぱり」だと考えるのである。

 

重要なことは、「小ざっぱり」と逆にならないように注意することである。
サラリーマン社会で「小ざっぱり」の逆の言葉は、多分「ヨレヨレ」ではないだろうか。
そして「ヨレヨレ」の意味は、「服や靴がかなりくたびれている。しわしわで折り目がついていない」に集約されるだろう。
これは服装だけでなく、自分までも疲れた印象を与えてしまうので注意する必要がある。
また、ワイシャツの袖口や首回りがすり減っていないか確認することも必要である。

 

そして、この「ヨレヨレ」は、特に営業、セールスに従事している人は注意する必要がある。
相手から「疲れている」という印象を持たれることは、同時に「追い込まれている」という印象を持たれることでもある。
そんなセールスマンから人は買わないからである。
余談だが、セールスマンには派手な服装をしている人が多い。その理由は、逆に疲れた印象、追い込まれているという印象を持たれないということにあるのかもしれない。私は、それもいかがなものかと思うのである。

 

しかし、私は、この「ヨレヨレ」も、着ている人の性格の問題を除き、そこには原因があることもわかっているつもりでいる。
それは、サラリーマン生活は一定の収入の中でやりくりしているので、やはり厳しいのである。
きっと家庭の事情や予期せぬ出費ということもあるだろう。
これは、私もサラリーマンを経験したから痛いほどわかるのである。
だから、私は、「小ざっぱり」という表現を使った。
「小ざっぱり」の真意は、ワイシャツやスーツをスーパーやディスカウントショップで買っても、清潔であればOKという意味である。
そして、高い値段のものをヨレヨレになるまで着るよりは、安くても新しいものの方が断然マシという意味である。
苦しいかもしれないが、安くてさっぱりしたものを買えばいいくらいの気持ちで、頑張ってもらいたいと思っている。

 

さて、あなたは、あなたの周りの人の服装を見て、ある特徴に気づかないだろうか?
それは、「活発なタイプの人は服装も派手目なものを選び、地味なタイプの人は服装も地味目なものを選ぶ」ということである。
これらの人がスーツやワイシャツ、ネクタイを新調した場合のことを考えてもらいたい。
この人たちは、「ちょっといつもとは違ったものを選んでみようか」という気持ちで新調することが多いと思う。
しかし、そう思うのはこの人たちだけであり、傍から見ると、まったく同じ系統のものを選んでいるのである。

 

このことを、だから、人それぞれにタイプというものがあると言ってしまえば、ここで議論は終了してしまうが、怖いのは、そんなことからサラリーマン社会では先入観を持たれ、ジャンル分けされることである。
すなわち、イメージが固定化される恐れがあることだ。
たとえば、「アイツは内勤向きだ」「アイツは、営業向きだ」とに分けられてしまうことがあるのではと考えている。
確かに、そういうタイプ別の分類は、あたっている場合も多いだろう。
しかし、サラリーマン社会でジャンル分けされることは決して好ましいことではない。
それは、一定以上の地位につく人は、営業もできるし、管理部門もこなせると思われる人ではないかと思うからである。
私は、こういう先入観は早い時期に払拭した方がいいと思うのである。

 

こう考えると、確かに、経理や総務などの内勤部門には地味な服装をしている人が多い。
地味なタイプだからそういう部門に所属しそんな服装をしているのか、服装が地味だから堅実な人と思われそういう部門に配属されたのかは、いわば鶏が先か卵が先かの議論に似ている。
しかし、もし、あなたが地味に思われて、自分の本意ではない部門に配属されたと思うのなら、まず服装からイメージチェンジする必要がある。
ことわっておくが、地味なタイプの人がいいとか悪いとかの議論をしているわけではない。
サラリーマン社会には、様々なタイプの人が必要であり、その中でもコツコツ型の人材は貴重な戦力であることは言うまでもない。

 

そして、人が服装でイメージチェンジをするときに注意することがある。
それは、いきなり正反対のことをしてはいけないということである。
世の中では、よく「年を取ったら派手目な色を選べ」というようなことが言われている。
私は、先日ある温泉に行った。そこに息子家族に連れられた、おとなしそうなおじいちゃんがいた。
優しい息子家族から多分外出用に買ってもらったであろう真っ赤なセーターを、そのおじいちゃんは着ていた。
しかし、残念ながら、そのことがかえっておじいちゃんの年を浮き彫りにしてしまっていたのである。
こうしたことから、自分でもちょっと地味だなと思う人は、いきなりネクタイを赤にするなど極端に変えない方がいい。
やはり、違和感が生じる。すぐには馴染まないのである。
まずワイシャツをブルーやストライプに変えるにするなどして、徐々に進めたらいいと思う。
重要なことはこの踏み出しの第一歩だ。一歩踏み出すことができれば、そのうち、少しずつ自分自身で変えていくと思う。

 

もう一つ。服装ではないが気になる部分が髪である。
年を取るに従い、髪の毛は細くなっていく。しかし、いつまでも若さの象徴のように髪を長くしている人を見るが、逆効果である。
若い時と異なり、髪の毛を長くしていてもボリューム感が出ない。むしろ長いゆえにその重みでペタッと頭に貼り付く。
逆に髪を短くすると、髪が立ちボリューム感が出る。
長い髪でも、きれいに整髪していたならばまったく問題がないが、よく朝晩の電車の中で「疲れているな」と感じさせる人には、髪を長くしている人が多い。
なぜ、髪が重要かというと、ここも人に疲れを感じさせるポイントだからである。
ぜひ、一度電車の中で、じっくり観察してもらいたい。

 

さて、色々服装や外見のことを書いてきたが、論点は、そこから生じる人の印象でありイメージである。
そして、周りの人が、その人の外観上のイメージでその人の発言、提案を受け止めてしまうことがあるということだ。
それは、人は、まずその人を外観から判断するからだ。つまり人の評価の第一関門がそこにあるということである。
その人の内容や中身、あるいは提案内容がしっかりしたものであったとしても、第一関門で大きく前途を塞がれてしまうことがある。
もちろん、その人の根源的なものは、内容にあることは間違いない。そして、その内容に入る前に第一関門で塞がれてしまうことだけは、絶対に防がなければならないのである。
言い換えるならば、早く内容に入ってもらうために、服装という第一関門を突破しなければならないということである。

 

 

ポイント
①人は、まず外観から判断される。
②注意しなければならないことは、外観上のイメージで、発言、提案が受け止められるということである。
③自分を正しく知ってもらうには、外観という第一関門を突破する必要がある。

 

 

 

 

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