第28話 「松喜」の肉で締める大晦日

『浅草のおかあさん』第28話 「松喜」の肉で締める大晦日  から

 

 

大晦日の浅草は賑やかで華やかである。昼から「雷門」の大提灯の前は人でごった返し、その黒山は年賀の飾りつけを済ませた仲見世へと続く。
一年の御礼とひと足早い初詣気分を味わいたいのだろう。
だが、「雷門」から、通りの向かいを見ると、長い列が横丁に入り込んでまで続いている店がある。精肉店の「松喜」だ。

 

 

一年を通してみれば、すべてが順調だった、上手くいった、何事もなかったということなど、ありえないということである。
そこには、かならず苦しかったことがあり、泣きたくなることだってあり、投げ出したくなるときだってある。
それが人生となると、なおさらである。かならず浮いたときもあれば沈んだときもある。だけど、どんな場合でも、前を向いて進んでいかなければならない。

 

浅草の店とて同じである。長年、商売を続けていけるなんてことは至難のわざに等しい。
不本意にも店をたたまなければならないときだってある。ただ、そんなときでも、前を向いて歩いていかなければならない。

 

 

だが、浅草の男たちはつくづく幸せ者である。おかあさんたちがいるからだ。
浅草の亭主たちも「おれは、もうだめだ」と思うときばかりだと思う。
そんな亭主の前に、大晦日、おかあさんたちはひと言も言わず、すき焼きなべを置いてくれる。
そこには寒風の中、一時間以上も並んで買った「松喜」の肉が入っている。

 

 

 

『浅草のおかあさん』目次

「浅草のおかあさんの舞台を訪ねて」(画像集)

 

 

 

 

 

大晦日、「松喜」に行列ができる

 

 

 

浅草に「浅草のおかあさん」と呼ばれた女性がいました

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2018年4月22日