第29話 はにかみ

真っ青な秋晴れだ。
人の頭ってこんなに黒いものかと思った。
床屋の「スガタミ」の前、提灯屋の「山崎屋」の前、酒販店の「池田屋」の前も真っ黒で、そんな真っ黒が「松喜」まで続いている。

左に目をやると、真っ黒が雷門仲通りまで続いている。私はこの通りを雷門仲通りと呼ぶのを思い出した。
人に説明するには、「ミカワヤ」のあった通り、手打ちラーメンの「馬賊」の通りと言った方がわかりやすい。真っ黒が角の「馬賊」まで続いている。

右に目をやれば、真っ黒が並木通りまで続いている。最近、「藪蕎麦」に行っていないことを思い出した。真っ黒が角の大東京火災まで続いている。

こんな黒頭の光景を見たことがある。三社祭だ。
目が慣れてくると、黒頭には女性も混じっていることに気がついた。黒頭の下の顔はみんなどこかで見た記憶がある。
あることを思いついた。黒頭の下に学校の制服や背広や事務服、前掛けや作業着、料理服をつけることだった。
そんな作業をしてみると、「あのときのあいつだ」「あのときの女性だ」ということが次第にわかってきた。

だが、同じ黒頭でも、三社祭とはまったく違う。
誰もしゃべってもいないし、頭も体も寸分も動いていない。
そうか、それだから、頭の黒さが目立ったんだ。
黒頭はただ一点を見つめている。

「浅草のおかあさん」は、かつての子供たち一人ひとりに、
「まあ、あのときのあなたなの。こんなに立派になって、えらいわ」と語りかけた。
浅草のおかあさんから語りかけられた子供たちは顎を引いた。

 

浅草のおかあさん
第29話 はにかみ から

 

「スガタミ」や提灯の「山崎屋」の前は、人の頭で真っ黒になった。真っ黒は手打ラーメンの「馬賊」、「藪蕎麦」がある並木通りまで続いた。

 

「馬賊」

 

「並木藪蕎麦」

 

並木通り

 

心に残り続ける昭和のおかあさん
浅草のおかあさん

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第29話 はにかみ
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