「成果」を見つけ出すことも必要

「ビジネスマンの生き抜く技術⑦」

 

今後、企業は、ますますビジネスマンに「自己評価」を問うていくだろう。
「自己評価」を問うことは、一刀両断に他者評価が下されるより、評価の公平性の点では好ましいことだが、注意すべきは、これからの時代は、「自己評価」を厳しく! 求められることを忘れてはならない。
自己評価を厳しく求めるということは、「あなたの『成果』は、本当にあなたの役割や報酬にあっているんですか?」と企業側が問うているのである。
古きよき時代は、ここが非常に曖昧だった。それは、日本経済が右肩上がりだったからである。
しかし、今やどの企業も、企業の存続をかけて、ビジネスマンに「自己評価」を厳しく求めているのである。

 

これが、今の時代、サラリーマンで居続けることは難しくなっていることの大元である。
そして、「ビジネスマンの生き抜く技術」は、この厳しい時代の対処法である。「成果」をなかなか生むことができないで悩み苦しむ人へのアドバイスでもある。

 

しかし、心配はいらない。
「仕事をこなす方式」は、そんな自己評価の場面でも、苦しむことはない。
それは、自分がこなした仕事を書けばいいからである。
そして、仕事をこなせばこなすほど、「成果」の方がすり寄ってくる。
そんな安心感を、読者の皆さんはぜひ、持っていただきたいと思っている。

 

私がそう言うのには訳がある。それは、「ああしなければだめだ、こうしなければだめだ」「成功者は、みんなこうしている!」という読者に危機感を煽ることは簡単なことだからだ。
考えてみれば、そんなことは、誰だって言えるのである。社会人経験がまったくない人でも、実務をまったく知らない人でも、中学生でも言えることだと私は考えている。
私は、厳しい時代だからこそ、安心感が必要だと思っている。そして、そんな物書きが一人くらいいてもいいのではと思っている。

 

さて、今回のテーマは、仕事の量をこなしていっても、数字で成果が出なかった場合の考え方である。
自己評価用紙に、自分のやったことを書いたが、成果が数字で現れなかった場合である。
営業の予算達成率や内勤部門の経費削減率がその数字の代表例である。
こうした場合、私は、「こなした仕事の量が足りなかった」と考えてもらいたいと前に説明した。
それは、そう考えることで、また、先に進めるからである。また、実際、「成果」が出なかった場合、仕事の量が足りていないことがほとんどだからである。

 

「成果」というものは不思議なもので、努力を重ねても、なかなか具体的な数字で現れないのである。
しかし、努力がある地点を通過すると、どっと数字で出るのある。
余談だが、私は『サラリーマンの本質』の中で、「二課の謎」を紹介している。
私は、ある支店の営業二課の責任者となった。私の在任4年間は、隣の課である精鋭軍団一課との戦いであった。
「なんとか一課に追いつきたい」という思いで、部下とやるべきことをなんでもやったのである。
しかし、何度挑戦しても、一課の実力の前に跳ね返された。
そして、「今回は、もしかしたら、一課に追いついたんじゃないか」と手ごたえを持ってキャンペーンを終了したことがあった。
キャンペーン結果を心待ちにしていたとき、上司から電話があった。
「おめでとう! 君の課は、全国1位だったよ」と言うではないか。私は、電話の意味がわからなかっのである。
ちょっと出来過ぎの話に聞こえるかもしれないが、私は、「成果」は、ある時点を通過すると、どっと現れることを体感したのである。

 

しかし! 今回、私がみなさんにお話ししたいのは、仕事を一生懸命こなしていっても、「成果」が数字で現れなかった場合、本当に「成果」が出てないのかということである。
私は、どこかに出ている! と思うのである。
もしかして、私たちは、それに気づいていないだけではないかということである。

 

私は、「成果」はある時点を通過すると、どっと現れると言ったが、冷静に考えると、どっと現れることの方が不自然なのである。
ちょこちょこ事態は進展していって、ある時点で、やっと「成果」が現れると考えた方が自然なのである。
そう考えると、仮に営業で予算達成率未達という場合でも、事態をよく見てもらいたいのである。
どこかに、こなした仕事の結果が現れているはずである。
営業成績全体でくくると、確かに予算達成はしていないが、たとえば、ある企業の売上は増えているとか、ある地域の売上は増えているとか、ある商品の売上は増えているとか、どこかにその痕跡が出ているのではないだろうか?
経費削減でいえば、確かに全体の経費は削減できていないが、削減できた項目はあるのではないだろうか?

 

しかし、私たちは、数字のマジックで、数字全体が悪いと、すべてが上手くいかなかったと思いがちになる。
そして、自己評価も妙なあきらめ感もあり、極めて淡白な答案用紙を作りあげてしまう。
ここで粘ってもらいたいのである! どこかにあなたの仕事の成果が出ているはずである。それを見つけ出してもらいたいのである。
そして、見つけ出したものを、堂々と自己評価として記入してもらいたいのである。

 

そう考えると、みなさんがこなした仕事は、今、地中でマグマとしてグツグツと煮えあがっていると言える。たまたま、今は地中にあるだけの話であり、やがては、地上に噴き出すのである。
「成果」は地上に噴き出した状態と言える。その兆候は十分にあるのである。
その兆候を、ぜひ、みなさん自身が見つけ出してもらいたいと思っている。

 

冒頭にも書いたが、これから、ますます厳しい自己評価が求められる。こんな時代は、「成果」を自分で見つけ出すことが絶対に必要である。
それが、厳しい時代の「ビジネスマンの生き抜く技術」である。

 

 

 

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事実に基づいた自己評価をする

今まで考えてきたことは、サラリーマンの世界では、「仕事評価」あるいは「業績評価」と呼ばれるものである。
すなわち、年初に仕事の目標を決め、それに基づき年度末に評価するという目標制度である。
一方、会社によっては、この「仕事評価」とは別に、「行動評価」あるいは「人物評価」というものを別個に設けていることがある。
また、「仕事評価」の中に、行動部分を織り込んでいる企業もある。
どうして、こういう評価制度あるいは評価基準があるかと言えば、会社は、仕事の達成度だけではなく、総合的に人物を見たいからである。

 

この「行動評価」あるいは「人物評価」欄には、ずらりと次のような評価項目が並んでいる。
「あなたは、経営方針をよく理解し、部下に徹底していますか」「コンプライアンスを遵守し、内部態勢の確立に努めていますか」「部下の指導、育成に努めていますか」「部下に対する傾聴の姿勢をとっていますか」「チームワークを重視し、協調で業務を進めていますか」「他部署との連携を図っていますか」「どんな困難なことにも積極果敢にチャレンジしていますか」「「先例のないことにも取り組んでいますか」「情報を積極的に入手していますか」…………
つまり、業務に対する姿勢、行動を見たいのであろう。

 

そして、ここでも、自己評価が実施され、上司は、部下の自己評価を参考に評価をつける。
その際にも、面接が実施される。
評価欄は、たいがい、高い方からA、B,C,D,Eあるいは、5,4,3.2,1の5段階になっている。
そして、中間であるCあるいは3は職責通りの行動、Bあるいは4は職責を上回る行動、Aあるいは5は全社の模範となる行動と、評価基準が示されていることが多い。

 

さて、あなたは、こんな評価項目と評価基準を目にして、迷わず自己評価をつけられるだろうか?
まだ、「仕事評価」あるいは「業績評価」の方が、結果がはっきり現れる分、つけやすいのではないだろうか?
あなたは迷う。自分は、「全部C(3)ではないか」と思う。しかし、それでは、あまりにも何も考えてないように思われる。また、自分の「売り」もない。「はて、どうしたものだろうか」と悩む。

 

私は、 この制度は、多分、社員に自覚させるということを狙いにしていると思うが、あまりにも答えにくく意味が薄くなってきていると思っている。
実際、私は、次の3種類の回答を目にしてきた。
1つは、全部AかB(5か4)と書く集団。もう1つは、全部C(3)と書く集団。そして、もう1つは、C(3)を中心にしてB(4)あるいはD(2)を織り交ぜる集団。
この3集団に集約されていた。
そして、管理職から見て、よくできると思われる人は、C(3)を軸にして前後に評価を織り交ぜる人であり、一番どうかなと思っている人は、全部AかB(5か4)と書く傾向が強かった。
「これでは、意味がないじゃないか」と思い続けていた。
多分、前に「仕事評価」のところで述べたように、できる人は、自分に厳しい傾向があるから、こんな自己評価になるのだと思う。

 

しかし、的確な自己評価というものがあるのである! それを一緒に考えていきたい。
結論から言うと、「事実」が重要である。「事実」に基づく判断が重要である。
たとえば、この評価項目の中で、「部下の指導、育成に努めていますか」という項目がある。
あなたは、週に1回必ず、新人の〇〇さんと入社2年目の××さんのために時間を取り、彼らの指導を実施していた。そして彼らから質問や相談を受けていた。
こんなことは、口で言うのは容易いことだが、あなたは、1年を通して毎週必ず実施していたのである。なかなかできることではない。
こんな「事実」があれば、高い自己評価をつけてもいいのである。
他にも、あなたは、毎週水曜日、必ず新規開拓を実施していた。これも、なかなかできることではない。

 

こんな自分が実施した「事実」を思い浮かべてもらいたい。
実は、こうした「事実」こそが、あなたの「売り」であるとともに、あなただけの行動なのである。
こんな「事実」を知ってもらうことは、あなた自身を知ってもらうことなのである。
また、こういう「事実」を積み重ねていくと、俗な表現にはなるが、サラリーマンとしての成功につながるのである。

そして、もし、その「事実」が、「まあ、当たり前だな、普通だな」と思えるときは、そのときこそ、評価欄の真ん中にあるC(3)に〇をつければいいのである。

 

あなたは、だいぶわかってきたと思う。
それでも、あなたは、「いったい、コンプライアンスの遵守で、職責を大きく上回る行動ってなんだろう?」「経営方針を理解し、部下に徹底するで、職責を大きく上回る行動ってなんだろう?」と首をかしげているのではないだろうか。
確かに問題が悪いのである。しかし、「いったいなんだろう?」と考えることは重要なのである。
そう考えると、「事実」に向かう。もっと考えると、「事実」を作る行動に出るからである。

 

そして、そんなことを考えもせずに、全部AかB(5か4)、全部C(3)をつける人は、まったく意味がわかっていないということになる。
そんな人は、それこそ、上司から、「何を考えているんだろう?」と思われるだけである。
繰り返して言う。
「事実」を作る、「事実」を積み重ねるという行動が決め手なのである。
そして、ここまで来たら、あなたは、次のこともわかったと思う。
そう、評価は、自分で作るものなのである。

 

 

ポイント
①自己評価するときは、自分が実施した事実を思い浮かべてみる。
②事実を作る、事実を積み重ねるということが評価につながる。
 そう考えると、評価は、自分で作るものだということがわかってくる。

 

 

 

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できた数よりできなかった数を言う

年度末の評価面接のときに、自分ができたことを中心に話す人と、自分ができなかったことを中心に話す人とに真っ二つに分かれる。
そして、あなたは、「それは、やはり、1年の目標を自分で立てたんだから、できたことを中心に話す方が自然じゃないか。また、そっちの方が印象もよくなるし………」と思っている。

 

本当にそうだろうか? このことは、よくよく冷静に考えてみなければならない。
まず、「できた」「できなかった」は、誰が判断するのであろうか?
あなたは、「それは、やはり自分が一番そのことを知っているんだから、自分だろ」と思う。
それは、その通りである。
だから、「目標設定シート」には、自己評価欄があるのだ。
自分で自分の評価を行うことは重要である。
しかし、評価は最終的には、上司がつける。
ということは、この「できた」「できなかった」は、あなたの判断と人の判断があるということだ。
だから、評価面接というものがあるのだ。これは、あなたと上司との判断のすり合わせの場である。
当たり前のことだが、まず、この基本原則はおさえておく必要がある。

 

次に、あなたが考えなくてはならないことがある。
それは、「できた」にもレベルがあるということである。
およそ世の中で、「完璧にできた」ということは非常に少ないはずだ。
だから、「どの程度できたか」を考えることは必要だということだ。

 

そして、もう1つ考えなくてはならないことがある。
それは、あなたの目標設定には、複数の目標項目があるはずだ。
その全部が、全部、果たして本当にできたのだろうか?
これも一般論であるが、世の中、全部が全部できたということは非常に稀である。

 

さて、ここからが重要だ。
この問題は、詰まる所、「できたこと」「できなかったこと」どちらに関心があるかということである。
そして一般的な傾向であるが、「できる人」は、「できなかったこと」に関心を示す。
それは、有名なスポーツ選手や、著名な経営者の本を読めばわかる。
かれらは、「できていない」ものに関心を集中させ、飽くなき挑戦を続けている人たちである。
傍から見ると、「すごい!完璧だ」と思う彼らは、自分では「できていない」と思っているのである。
そして凄まじい情熱で、「できていない」ことに取り組んでいるのである。
このことを逆の見方をすれば、そういう追求をしているから、その道の一流になっているとも言えるのである。

 

こんな話は、結構ありふれた話だと思うが、重要なことは、「できていない」と考えることは、進歩を生むということである。
だから、どうしようかと必死になるのである。
これを、「できている!」と言い切ったら、そこから先には進めない。進歩がなくなる。
私の経験からも、伸びる社員というものは、等しく「できていない」方に関心を寄せる社員だった。
「できていない」と考えるから、アドバイスを受け容れる土壌が生まれ、そして自分自身も人一倍努力するから、成長に成長を重ねるのである。

 

さあ、あなたは、今までのことをどう思うだろうか?
実際の現場では、上司は、「できている」と言われると、「本当にそうか?」と疑問を持つ。
逆に、部下が、「できていないこと」や「できていない部分」を中心に話を進めると、上司は関心を示す。アドバイスを送りたくなる。
上司との間で、評価の共有が始まる。
そして、上司はこう思うのである。「こいつは、できていないことやできていない部分に気づいている。ということは、多分、できているんだろうな」と。

 

今話したことは、問題の本質ではないかもしれない。
しかし、一般的な傾向であることは確かである。
そして、人は、あまり「できている。できている」と言われると、あまりいい気はしない。

 

 

ポイント
①できる人は、「できていないこと」や「できていない部分」に関心を向ける傾向が強い。
②「できていない」と考えると、どうしたら「できる」ようになるかを考え、追求するから、進歩が生まれる。

 

 

 

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