ビジネスマンに一流という概念は存在しない

世の中、「一流」「一流」と言うが、私は、ビジネスマンには一流という概念が存在しないと考えている。
一流の選手とは言う。一流の音楽家とも言う。一流の学者とも言う。もっと言うと一流の経営者とも言う。
そして、一流のセールスマンと言うこともあるかもしれない。
しかし、一流のビジネスマンと言うであろうか? また、一流のサラリーマンと言うであろうか?
私は、多分言わないのではないかと考えている。

 

これは、人は、一流と言う言葉を使うときは、分野、ジャンルの中で判断しているからではないだろうか?
ビジネスマン、あるいはサラリーマンではジャンルが広すぎるからではないだろうか。
しかし、もっともっとジャンルが広い一流の人という言い方はするから不思議である。

 

私がなぜこんなことを真剣に考えているかと言えば、現在、ビジネス書やビジネス誌を見ると、「一流」という言葉が大きなキーワードになっており、この言葉が使われているビジネス書やビジネス誌はよく売れているからである。
この現象は、多くのビジネスマンがやはり「一流」を目指したいからだと思う。
すなわち、ビジネスマン側に需要があることになる。需要があるから、そこをビジネス書はターゲットにしているのである。
しかし、私は、それは志を持つビジネスマンを振り回しているように思えて仕方がないのである。

 

その理由は、先に述べた一流の選手、一流の音楽家、一流の学者は、その道を究めた人である。
そこには、道を究めたという事実のみがある。
ところが、ビジネスマンにこの「一流」をあてはめようとすると、そもそもビジネスマンの「一流」ってなんだという問題に突き当たってしまう。
それゆえに、ビジネス世界で成功した人などを取り上げ、「一流の人はこういう考え方をする」「一流の人はこういう行動を取る」「一流の人の特徴はこうである」と分析をするのではないかと思う。
これは、「一流の人」にどうなるかではなく、結果からの特徴分析にすぎない。
この最大の欠点は、具体的な人物像を描けないことにある。
私は、このことが、ビジネスマンを迷わし、振り回す原因になっていると思うのである。

 

そして、私の考えの到達点はシンプルである。
それは、「ビジネスマンに一流という概念は存在しない」という結論である。
しかし、「できる」「できない」という概念は存在する。
「できる」「できない」という概念ならば、人はピンとくるし、実際よく使われている。
よく使われているということは、やはり、受け容れやすい概念だからである。
また、この概念ならば、どうしたら「できる人」になるか、具体論に移行できる。
そして、その先には、努力した結果である「成功」という概念も存在すると思うのである。

 

つまり、私は、ビジネスマンは、「一流」の人を目指すのではなく、「できる人」を目指した方がいいと思うのである。
「できる人」ならば、具体的な人物像も思い浮かべられるだろう。
みんなの周囲にも参考になる人がきっといるだろう。
そして、「できる人」の延長線上にあるものは、成功であると思う。
だからこそ、「できる人」を目指すべきであり、それが現実的である。
ビジネスマンにとって、この「できる」と「一流」を混同しない方がいいと思うのである。

 

最後に、私は、この「一流」という言葉が大嫌いである。
一流のレストラン、一流のホテルという使い方は、そこには素材の問題、接客態度、清潔さ、雰囲気などの商売上の判定材料がある。
謂わば商売上の格付けだから、すんなりと受け容れられる。
しかし、人については、言うべき言葉ではないと思っている。
それは、背後に人を馬鹿にしたところが必ずあると思うからである。
よくビジネス書によっては、「一流の人は、一流の人とつき合い、一流のものを着て、一流のレストランに行く」などと書いてあるが、私から言えば、 そんなのは、もちろん「一流の人」の回答になっていないし、そう思う人は、「そう思う人同士で好き勝手にやってろ」と思うのである。
だいいち、そう思うこと自体があまりにもさびしいではないか。

 

本題に戻るが、ビジネスマンで頑張って少しでも上に行こうと思う人は、まず「仕事ができる人」を目指してもらいたい。
それは、「仕事ができる人」は、誰もがチャレンジすれば可能だからである。

 

 

(「仕事ができる人」になるためには、「仕事の進め方」が重要である。その際に『サラリーマンの本質』を参考にしていただければ幸いである)

 

 

 

 

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