『浅草のおかあさん』の舞台㉚時

 

人の頭ってこんなに黒いものかと思った。

 

床屋の「スガタミ」の前、提灯屋の「山崎屋」の前、酒販店の「池田屋」の前も真っ黒で、そんな真っ黒が「松喜」まで続いている。
左に目をやると、そんな真っ黒が雷門仲通りまで続いている。

 

右に目をやれば、そんな真っ黒が並木通りまで続いている。
そんな真っ黒が角の大東京火災まで続いている。
この大東京火災のずっと前には第一銀行がこの位置にあった。第一銀行は昭和39年の東京オリンピックのときに、金メダル、銀メダル、銅メダルを取った国のシールを貼るポスターを配ったことから、たいへん好評を博した。

 

 

やがて、あることを思いついた。黒頭の下に学校の制服やら、背広や事務服やら、作業着や料理服をつけることだった。そんな作業をしてみると、「あのときのあいつだ」ということが次第にわかってきた。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第30話 はにかみ  から

 

 

 

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『浅草のおかあさん』の舞台を訪ねて(画像)

 

 

 

「スガタミ」や提灯の「山崎屋」の前は、男たちの頭で真っ黒になった。真っ黒は手打ラーメンの「馬賊」まで続いた。

 

 

 

 

 

2018年1月4日

『浅草のおかあさん』の舞台㉙「松喜」の肉で締める大晦日

「松喜」の肉で締める大晦日

 

大晦日の浅草は賑やかで華やかである。昼から「雷門」の大提灯の前は人でごった返し、その黒山は年賀の飾りつけを済ませた仲見世へと続く。

 

 

だが、「雷門」から、通りの向かいを見ると、長い列が横丁に入り込んでまで続いている店がある。
その店は精肉店の「松喜」だ。

 

この列に並ぶ人を見ると、いかにも普段着といった格好をしている。それもそのはず、浅草の人が大晦日と正月に家で食べるすき焼きの肉を買っている姿だからである。

 

 

「松喜」の大晦日の肉には、「この日まで来られた」という自分たちへの労いと、「来年も商売を続けられますように」という願いがある。

 

 

浅草の男たちはつくづく幸せ者である。
そんな亭主の前に、大晦日、浅草のおかあさんたちはひと言も言わず、すき焼きなべを置いてくれる。
そこには寒風の中、一時間以上も並んで買った「松喜」の肉が入っている。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第29話 「松喜」の肉で締める大晦日  から

 

 

 

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『浅草のおかあさん』の舞台を訪ねて(画像)

 

 

 

「松喜」前の行列

 

 

 

 

2018年1月4日

『浅草のおかあさん』の舞台㉘浅草気質

浅草気質

 

浅草には、子供に食べさせたくて、好きなものを嫌いとまで言ってしまうおかあさんたちと、親にまで遠慮してしまう子供たちがいる。

 

だからと言っては変だが、浅草のおかあさんたちはそんな子供たちが大好きであり、子供たちは自分の本当の気持ちをわかってくれるおかあさんが大好きなのだ。

 

 

浅草出身の文人、久保田万太郎先生は、『浅草風土記』の中で、『浅草繁昌記』のある記述を引用している。
そして、「政治家だの学者だの官吏だの浅草の土地に従来あんまりいなかったということだけはほんとうである」と述べている。

 

いまでも、浅草から著名な政治家は出ていないと思う。また、浅草からエリート官僚が出たなんて話も聞いたことがない。

 

 

なぜだろう? それには、もちろん浅草という土地柄が影響している。浅草はやはり商人や職人、芸人の街だからだ。
そして、浅草の人たちは権力者がしているような「ちゃっかり」手に入れるということがはできないのではないだろうか。
また、「ちゃっかり」ができないところに自分たちのプライドがあるのかもしれない。

 

 

「浅草のおかあさん」は、亭主の浅草気質に苦しんだ。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第28話 浅草気質  から

 

 

 

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『浅草のおかあさん』の舞台を訪ねて(画像)

 

 

 

浅草が生んだ文人 久保田万太郎先生も浅草気質に触れている。久保田万太郎生誕の地の碑

 

 

 

 

2018年1月4日

『浅草のおかあさん』の舞台㉗気持ちが詰まっている焼きいも

気持ちが詰まっている焼きいも

 

焼きいもはおかあさんの味がしたが、もう一人の味もした。
それは、お手伝いさんの味だ。

 

焼きいもを食べるときは、おかあさんもいたが、お手伝いさんも、かならずいたからだ。
その訳は、物売りの人が来たときには、おかあさんは、かならずお手伝いさんに「買う?」と聞いていたからだ。
だから、買ったときには、その場にいつもお手伝いさんがいる。

 

 

考えてみれば、浅草のおかあさんたちは、いつもお手伝いさんと相談しながら食料品や物を買っていた。
お手伝いさんたちは、浅草のおかあさんたちの参謀役でもあったのだ。

 

 

お手伝いさんとは、喜びも悲しみも、怒りも涙も共有した。そこには、「家政婦のミタ」のような世界はなかった。

 

血を分けた人でもないのに、その関係はいったいなんだったのだろうか?
また、お手伝いさんの楽しみは、なんだったのだろうか? まさか、子供たちと「少年サンデー」や「少年マガジン」を回し読みすることではなかったはずである。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第27話 おかあさんとお手伝いさんの気持ちが詰まっている焼きいも  から

 

 

 

 

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『浅草のおかあさん』の舞台を訪ねて(画像)

 

 

 

「やーきいも いしやーきいも やきたて」という声が聞こえてきた。

 

 

 

 

2018年1月4日

『浅草のおかあさん』の舞台㉖浅草の洋食

浅草の洋食

 

浅草で洋食といえば、「旨すぎて申し訳ないス!」でおなじみの「ヨシカミ」と、永井荷風先生が通ったことで知られる「アリゾナキッチン」が有名である。

 

ただ、「アリゾナキッチン」は、残念なことに2016年10月3日に店を閉めてしまった。閉店間際には、荷風先生の大好物だった『チキンレバークレオール』を食べに、多くの人が集まったという。

 

 

浅草には「ヨシカミ」や「アリゾナキッチン」のような有名な店でなく、もっぱら地元の人を相手にしている洋食屋もある。
そんな店の一つに「フナキ」があった。

 

 

浅草のおかあさんたちは、子供が風邪をひいたり、熱をだしたりすると「フナキ」から出前を頼んだ。

 

ここに不思議な現象が起きた。
出前を受け取ったのは子供たちだったからだ。

 

子供たちは、おかあさんが「フナキ」から出前を取ると聞いた瞬間、風邪どころの騒ぎではなくなり、むくりと起き出し、玄関先で「まだか、まだか」と出前を待った。だから出前を受け取ることができたのである。

 

 

そんなこともあってか、この界隈の子供たちは風邪をこじらせたことがない。子供たちがフナキの出前を受け取る段階で、風邪は去っていってしまったのである。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第26話 浅草の洋食  から

 

 

 

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『浅草のおかあさん』の舞台を訪ねて(画像)

 

 

 

「フナキ」は、うなぎ「色川」の一軒隔てた所にあった

 

路地の奥に「ヨシカミ」が見える

 

 

 

 

2018年1月4日

『浅草のおかあさん』の舞台㉕勝手口文化

勝手口文化

 

「勝手口」から、さかな屋さん、酒屋さんなどが注文を取りに来た。

 

注目すべきは、この勝手口から出入りする人が、浅草では、一番知識を持っている人だったということである。

 

 

浅草の人たちがものすごく知識を持っているのは、この勝手口文化のおかげだが、裏を返せば、浅草の人の知識は耳で聞いたことがベースになっている。

 

だから、浅草の人たちは落語家の話などを無条件に信じてしまうし、そこで得た知識まで披露してしまう。テレビの水戸黄門に出てくる悪役を心底、憎んでいる姿と同じである。

 

だが、私は、それはそれでいいんじゃないかと思っている。浅草の人の知識交流はとても楽しく思えるし、日常に溶け込んでいる。

 

 

世の中には、よく知識を内にため込んで、ここぞというときに披露し、人から尊敬を集めようとする人がいるが、そんな陰湿な知識より、浅草の人の知識の方が、明るく、楽しく、テンポがある。

 

それに、いくら難しい顔をして知識をため込んだとしても、その知識があっているかどうかなど、本当のところわからないと思うのだ。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第25話 勝手口文化  から

 

 

 

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『浅草のおかあさん』の舞台を訪ねて(画像)

 

 

 

御用聞きの人は、勝手口から勝手口を回った。

 

 

 

 

『浅草のおかあさん』の舞台㉔浅草の亭主たちの行動

やっぱり、かあちゃんがいい!

 

浅草の男たちは、かあちゃんのことが、よくて、よくてたまらず、かあちゃんにへばりついて離れない。

 

 

女房がちょっと着替えでもしていると、どこから臭いをかぎつけたのか、「おい、どこに出かけるんだ?」と不機嫌そうに顔を覗かせる。
女房が、「ちょっと、そこまで」と答えると、今度は、「いつ、帰ってくるんだ?」と聞く。もう、うるさくて仕方がない。

 

ときには、女房から「夕飯はテーブルに乗せておきましたよ。好きなときに食べてくださいね」と言われることがある。
だが、亭主たちは、夕飯どきになっても、おかずの上にかかった新聞紙をはがす気にもなれず、犬のお預けのように、女房が帰るまでじっとテーブルの前に座っている。
女房が傍にいないと、何を食べても味などしないことを知っているからだ。

 

 

同業者の寄り合いなどで、上野広小路にあるとんかつ「井泉」のかつサンドなどをおみやげに持たされることがある。
浅草の亭主たちは、かつサンドを手に取った瞬間から、かあちゃんに食べさせたくて小走りに家路を急ぐ。

 

 

浅草の亭主たちは、詰まる所、家でかあちゃんと一緒に、テレビの前でミカンをむいていたり、かりんとうやせんべいをかじっているときが一番幸せなのである。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第24話 恋愛後順位優先の法則に勝つ浅草のおかあさんたち  から

 

 

 

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『浅草のおかあさん』の舞台を訪ねて(画像)

 

 

 

浅草の亭主は寄り合いで井泉のとんかつサンドを手みやげにもらうと、女房にに食べさせたくて、いそいそと家に帰った。写真は上野広小路にある井泉本店

 

 

 

 

2018年1月4日

『浅草のおかあさん』の舞台㉓おかあさんの解決法

おかあさんの解決法

 

浅草のおかあさんの会社に勤める女性事務員が、同じ会社の若手職員に恋をしたことからこの物語は始まる。

 

二人の年齢差を考えると、最初はおねえさん的な存在だったと思うが二人の仲は進展した。
その女性は、当時流行った『下町の太陽』の曲に乗って、そこかしこに現れた。

 

ところが、会社に、学校を出たばかりの女子事務員が入ってきた。
相手の男性はこの女子事務員にころっといってしまった。

 

 

歌川広重が描いた東海道五十三次の45番目「庄野宿」の『白雨』には、真っ暗な空、激しい風雨、みの傘をかぶった男が腰をかがめ、転げるように坂を下っていく姿が描かれている。
浅草の街は、そんな「庄野宿」の絵のようになってしまった。みんな、みの傘ですっぽり覆いたいような気持ちになった。

 

 

浅草のおかあさんは、毎日、1時間も2時間も女性の話を、ただただ黙って聞いた。同じような話を1年も聞いた。
相手の男性の話も聞いた。女性ほどの頻度ではなかったが、この男性の話も黙って一年聞いた。

 

女性は、相手の男性を心底好きだということに改めて気づいた。
男性の方も、なんだかんだ言っても、女性のことが好きであり、若い自分を励まし、支えてくれたことに感謝している自分の気持ちを知った。

 

自分が本当に思っていることが相手に伝わったのか、この物語は潮が引くように幕が降りた。

 

 

いま、企業では、部下には「傾聴」が一番大事とよく言う。傾聴ができている上司を、会社は大いに評価するが、傾聴といってもせいぜい20分から30分程度であり、それも部下の話を最後まで聞くことはできず、ついつい自分の意見をはさんでしまう。それでも、企業はこうした上司は傾聴ができていると言う。

 

 

しかし、浅草のおかあさんは、二人の話を黙って1年も聞いたのである。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第23話 浅草のおかあさんの解決法  から

 

 

 

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田原町交差点

 

 

 

 

2018年1月3日

『浅草のおかあさん』の舞台㉒デパートで結婚式?

デパートで結婚式?

 

会社の飲み会などで、女性社員から先輩の男性社員たちに、「どこで結婚式挙げたんですか?」と質問が飛んだとしよう。

 

「赤坂プリンスホテル」「椿山荘」「明治記念館」などと答えた人のあとに、「松屋デパート」と答えると、一瞬、沈黙が起きる。

 

しばらくして、女性社員から「先輩……。それって、もしかしてデパートで結婚式を挙げたんですか?」という声が返ってきそうである。

 

 

そう、デパートで結婚式を挙げたことになる。

 

浅草の人にとっては、子供のころは屋上遊園地で遊び、小学校に入ってからは文房具を買い、中学や高校に行ってからはシャツやスラックスやセーターを買い、就職する際にはスーツを買い、就職してからはコートを買い、地下で食料品を買ったデパートで結婚式を挙げたことになる。

 

 

「松屋デパート浅草店」は浅草っ子の人生のあらゆるステージに密接に関わっていた。
つまり、「松屋デパート」は浅草っ子の人生を丸抱えで面倒を見てくれたことになる。

 

 

「松屋デパート浅草店」の最大の魅力は入りやすかったことにある。
いまの「松屋浅草」が聞いたら怒り出すと思うが、子供ならランニングでも行けたデパートであり、おかあさんたちもおねえさんたちもサンダルを突っかけて行った。

 

 

浅草の本質のようなものを、ずばり突いたデパートだったから、愛着がやまないのである。

 

残念ながら、2010年に「松屋デパート浅草店」は「松屋浅草」となり、4F以上の営業を取りやめた。結婚式場もいまはない。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第22話 人生丸抱え「松屋デパート」  から

 

 

 

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2018年1月3日

『浅草のおかあさん』の舞台㉑かんぴょう巻きといなりしかない寿司

かんぴょう巻きといなりしかない寿司

 

寿司というと、いろいろな種類の詰め合わせをイメージするが、「志乃多寿司」には、かんぴょう巻きといなり寿司しかない。

 

浅草のおかあさんたちは、子供が遠足に行くともなれば、「志乃多寿司」に予約をしておき、その日の朝、取りに行った。

 

 

お腹が空いているかわからないときでも、「志乃多寿司」のかんぴょう巻きやいなり寿司を口に一つほおばると、続けて食べたくなる。

 

これは、「志乃多寿司」の油揚げとかんぴょうがジューシーなことと関係がある。それに伴って海苔もご飯も湿り気を帯びているから、ご飯が口に入るという重さがない。また、いくぶん甘めの味付けがいっそう口に入りやすくさせる。

 

 

考えてみれば、浅草と寿司とは縁がある。
いなり寿司とのり巻きの詰め合わせを「助六寿司」というが、この「助六」は歌舞伎十八番「助六所縁江戸桜」(すけろくゆかりのえどざくら)の主人公花川戸助六から来ている。花川戸はもちろん、浅草の花川戸である。

 

いま、浅草では、吾妻橋から言問通りに向かって、隅田川沿いに歩く道を「助六夢通り」と呼んでいる。

 

 

 

 

近日発売の
『浅草のおかあさん』第21話 遠足の切り札「志乃多寿司」  から

 

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「志乃多寿司」

 

助六夢通り

 

 

 

 

2018年1月3日