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王禅寺 禅寺丸柿発祥の地

みなさんは、王禅寺という名前がピンとくるだろうか。
東京や神奈川に住んでいる人だと、「その名前聞いたことがある」という人が多いかもしれない。
なぜならば、もし、知り合いで新百合ヶ丘に住んでいる人がいたならば、その住所が王禅寺になっていることが多いからである。
しかし、その新百合ヶ丘という名前自体がピンとこない人もいるかもしれない。
新百合ヶ丘は、新宿から小田急線で小田原方面に向かって、町田の手前にある新興住宅地である。
さて、その王禅寺だが、かってドラマ「金ツマ」のロケ地の一つとなった。
まさに、新興住宅地新百合ヶ丘の代名詞ともなっている名前である。
しかし、もっと興味を覚えるのは、新百合ヶ丘という土地自体が、寺である王禅寺を取り囲んだ形で開拓されたということである。
すなわち、先に王禅寺という寺があったということである。

 

前置きが長くなったが、連休にその王禅寺を訪ねた。
今でもその面影を感じるが、かってこの地が、まったくの未開の地であり、森や林に囲まれたと地というよりは、完全に山寺だったのではないかと思うのである。
この王禅寺を有名にしたのは、柿である。
建保2年(1214年)寺院再建のため、用材を探している際に、禅寺丸柿を発見した。
禅寺丸柿という名称は、おそらく全国的に有名だが、その名前が発見の地である王禅寺を意味していることは意外と知られていないと思う。
境内には、禅寺丸柿の原木がある。

 

さて、私が境内を散策している際に、王禅寺見物のサークルに出会った。多分、地元の人たちの会だと思うが、寺やその地の起源を調べることは大変いいことだと思った。
また、私の眼は境内にある石碑に眼が留まった。
それは、明治時代の出征兵士の壮行の碑である。多分、日露戦争だと思う。武運長久を願ったのだろう。
そこに出征した人の住所が刻まれていたが、なんと、柿生村とか、生田村とあるではないか。
柿生も生田も今は、小田急線の駅である。
「そうか、その当時は、村だったのか」と思うとともに、王禅寺は、広くこの地一帯の人々の拠り所となっていたことに気づいた。

 

今は、王禅寺は、「王禅寺ふるさと公園」に隣接している。
この「王禅寺ふるさと公園」は、広大な芝生広場に囲まれた、新百合ヶ丘らしい明るく美しい公園である。
連休中は、ファミリーでいっぱいであった。

新しい街 新百合ヶ丘、しかしこの地の歴史は古い。

王禅寺のウイキペディア参照)

(王禅寺の山門)                     (王禅寺)

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