第五議題(サラリーマンの悲劇)

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・サラリーマンの「悲劇」は、「自分で自分のことを知らない」ことから発生します。
ただし、自分以外の人は、それを知っているのです。わかっているのです。
そこに「悲劇」の源があります。
人の生き方について、あれこれ言う資格は誰にもありませんが、互いに注意する必要があります。
      

代表的な例をあげます。
① 自己評価できない集団「Cグループ」
② ラインをはずれた人の生き方
③ 見下したつもりが見下されている上司
④ 主体を見せない人
⑤ 内にこもったコンプレックスを持っている人


まずは、「サラリーマンの悲劇」は、「勘違い」から始まります。

・その原因は、「自分のことを知らない」こと、正確に表現するなら『自己評価』と『他人評価』が 著しく異なることから生じます。
その「悲劇」は、人事考課や、異動、昇格の発表の際に表れます。
そんなこと、前もって、過去の評価や、上司との面談で気づきそうなものですが、本人には、なかなかわかりません。
「どうしてなんだ」「オレは、一生懸命やったじゃないか」「成果を出したじゃないか」と不満をぶつけます。

非常に難しい問題ですが、次のことを参考にしてください。
あくまでも一般論ですが、サラリーマン社会では、出来る人ほど、自己評価が厳しい傾向にあります。
また、出来る人ほど、自分の「出来ていない」数を数え、そうでない人ほど、自分の「出来ている」数を数えているような気がします。

出来る人は、自己評価の際に、「自分には、この部分の能力が足りない」「この性格、この行動パターンは、直さなければならない」と、自分の足りない部分が次から次へと浮かんでいきます。
業績評価についても、「結局、この目標は中途半端に終わった」とか、「さしたる成果が出なかった」
とか、出来なかった点が次々に浮かんでいきます。

自分で自分の足りない部分や成果が出なかった分野がわかりますから「どうしたら、改善できるのか」 「どう取り組んだら成果が出るのか」を考えていきます。
また、そういった懐疑的な自己評価ができている時点で、上司の指導やアドバイスも受け容れる土壌があります。そして自ら考えた改善策に、上司のアドバイスも加わり、さらなる能力向上、業績改善に取り組んでいきます。
つまり、サラリーマン生活においては、「自分を懐疑的に見る」ということが必要な気がします。

「ラインをはずれた人の生き方」は、雇用延長となった現在、みんなで考えなければいけない
テーマです。
一定年齢に達し、ラインをはずれ、監査や調査部門等ののスタッフ職になった途端、急に、現場攻撃、 管理職攻撃に徹する人がいます。

ここもよく考えてみると、彼らの行動はわからなくはありません。サラリーマンの終息期に、自分自身の「存在価値」を見出し、アピールしているのかもしれません。自分自身のプライドを保持しているのかもしれません。

ただし、世の中をよく見渡してみると、大会社だからこういう人が出るのであって、中小企業では、そんな人は出ませんそんなことをしている余裕などないからです。それは、中小企業では、年を取っても変わらない「仕事」があり、変わらない「仕事」があるということが、そこで働く人を変えさせないからです。

そう考えると、大会社で、「ラインをはずれた人」にも、あとで仕事の結果がシッカリ判断できる業務を与えるべきだということになります。 今後是非、考えなくてはならないテーマだと思います。

「見下しているつもりが見下されている上司」は、世の中に結構います。

彼らの特徴は、遠まわしに遠まわしに、自分の素養を示し、部下(相手)を馬鹿にします。
この人たちは、著名人や有能な人の言葉を大事にし、自分の価値観(?)を築き上げていきます。
その価値観を、自分の教養、素養の御旗として、絶対に曲げません。相手の意見を跳ね除けます。

しかし、、よくよく考えてみると、それは、その人の価値観ではありません。
その人が苦労して積み上げてきた「人の価値観」です。

この人たちの「悲劇」は、当人のそうした行動、心底を、部下や相手が知っているということです。
特に若い人からは、「くだらない人間」と、逆に蔑まれます。
正に、「見下しているつもりが、見下されている」人です。

「主体を見せない人」の手口は、巧妙です。頭のいい人かもしれません。
先ず、色々な理屈付けをして、決められた業務や、営業活動をやりません。

しかし、サラリーマン社会では、必ずその「ツケ」が回ってきます。やらなかった「ツケ」のために、
「やらなければいけない」状況が訪れます。その時に、いい加減な見積書を作ったり、営業数字を誤魔化します。
そして、事態が発覚した時に、様々な原因と環境をあげ、「やらされた」「やらざるを得なかった」と自分を被害者にします。

彼らの特徴は、自分が「やらなかった」ことを、「やれなかった」に、また、自分が「やった」ことを「やらされた」に置き換えます。
「やる」も「やらない」も主体は、自分のはずですが、巧妙に主体を隠します。

「内にこもったコンプレックスを持っている人」は、自分のやり方や経験にこだわります。

そこに、自分とは経歴もやり方も違ったタイプの部下が配属された時は、表立っては非難しませんが、人事考課の備考欄等を活用し、婉曲的表現で、部下の欠点等を記入するといった手口を使います。
この人たちは、自分のやり方が全てと思っていますので、そのやり方に従う部下には、異常に甘い評価をつける傾向があります。部下の能力よりも、自分に従う部下が可愛いからです。

しかし、そんな魂胆を会社が見抜けない訳はなく、その人がつけた部下の評価から破綻を来します。
この人たちの根底には、自分中心、自分本位の考えが横たわっています。

以上、パーツパーツで、誰にでも、ありそうな事例ですので、みんなで注意する必要があります。
また、正しく自分を知る必要があるとも言えます。