どちらがイヤラシイか

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サラリーマン社会では、出身校の話をすると必ず「そんな話イヤラシイぞ」という上司がいる。
しかし、みんなの感情は、「今年の秋の六大学野球は早稲田で決まりだな」とか「昨日の試合見たか。 ラグビーは、やっぱり明治だな」とか言いたくなるのである。
そして、あまり出身校のことを言い過ぎるのもいかがなものかを、みんなわかっているのだ。
それが人に自慢話のように聞こえたら、確かに嫌う人もいると思う。

 

さて、「そんな話イヤラシイぞ」という当の上司はどうなのだろうか。
流石に、表立って出身校の話をしない。
しかし、自分の友達のことを話したり、聞きたくもないのに自分の交際範囲を示すときに、立派に自分の出身校の話をしているではないか。
また、何かにつけて、自分の出身校の創立者や出身者の話を出したりしているではないか。
誰がどう聞いても「私は、○○大学の出身者です」と立派に語っているようにしか思えない。

 

実は、この上司が考えるほど、サラリーマンはみんな馬鹿ではない。
この上司は、詰まるところ、「自分はいい学校を出ている。自分の資質は優れている」と言いたいのだ。
それを表立って言えないために、婉曲的に、自分の友人や創立者「引き合い」として出しているのだ。
「一番、気にしているのは、当のあなただ!」と、みんな思っているのだ。
気づかないのは、この上司だけである。
こういう上司は、実は、「部下を見下したつもりが、逆に見下されている」上司なのである。

 

そして、ここでの論点は一つ。どちらが、人間としてイヤラシイかである。
「おい見たか。早稲田すごいだろ!とか、「法政強いだろう!」とか、どこの大学でも高校でもいいから「ウチの学校、最近、こうでさ」と素直に表現する人と、 この上司と、どっちが人間としてイヤラシイかである。

 

 

 

 

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