サラリーマンの「実績」についての新しい考え方

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私は、サラリーマンの「実績」についての考え方を変える必要があると思っている。

サラリーマン社会では、 会社のある部署で素晴らしい結果や足跡を残した場合 ある仕事の結果により会社に貢献した場合、 営業部門で売上を伸ばした場合になどに、「あの人は実績を上げた」と言う。 また、転じて、「あの人は実績を上げた人」ということになる。

 

この使われ方のこわいところは、 実績を上げた人=成功者、出世した人に転化することにある。
確かに、成功者や、出生した人の多くは実績を上げた人なのだろう。
しかし、それでは狭すぎる。 大多数のサラリーマンを包含していないのではないか。大多数のサラリーマンの日々の奮闘に応えていないのではないかというのが私の意見である。

 

サラリーマンの「実績」は、もっともっと広いし奥深い。
私の考えは、 今の会社で何年も勤務し、頑張っている。 今の仕事に打ち込み、会社の役割分担に努めている。 毎日毎日、今の仕事に頑張っている。
これも立派な「実績」ではないかと思っている。 「そんなの当たり前の話じゃないか」と思う人がいるかもしれないが、 雨の日も雪の日も風の日も、毎日毎日、会社に行き仕事をするということは並大抵のことではないと思っている。 そして、辛くても、毎日毎日仕事に取り組んでいるのだ。 それは、立派なかつ堂々とした「実績」ではないだろうか。

 

そして、そのことにより、生計を営み、家族を養っている。 まさに胸を張っていいサラリーマンの「実績」ではないだろうか。
逆の言い方をすれば、会社は、あなたのそうした毎日の「実績」に対して給料を支払っているのではないだろうか。 こうした地道な継続的な取り組みに、信頼を寄せ、会社は給料を支払っているのではないだろうか。

 

これを世の中、役職へのステップとしての「実績」で考えるからおかしくなる。
私の意見は、あくまでも毎日毎日の取り組みが「実績」であり、その結果として、昇進等のステップがあるのである。

 

それを、世のビジネス書は、「役員になる人はこういうことをしている」「部長どまりの人はこういうことしかやっていない」 「平社員で終わる人はこういうこともやっていない」ということを言い出すからおかしくなるのである。

 

これでは、まさに役職狙いの仕事への取り組みを助長するようなものだ。
逆なのである。 毎日毎日の取り組みがあって、その上で役職というものがあるのだ。 もっと言うと、毎日毎日の取り組みが重要であって、役職や昇進など、別次元の話なのである。 さらに言うと、サラリーマンの日々の努力に水を差す余計なお世話である。

 

『サラリーマンの本質』ではサラリーマンの仕事の進め方を重要視しアドバイスを送っている。 これは、サラリーマンで悩む人の入口は、「仕事の進め方」にあるのではないかと思うからである。 ここを出発点として、悩みは四方八方に広がっていく。 この悩みの拡散は是が非でも防がなくてはならない。そういう思いで書いた。

 

しかし、「仕事の進め方」に迷うことなく上手くいくならば、そこから先はあなた自身が決める話である。 人それぞれの価値観と人生があるのだから。

 

それを寄ってたかって、「できる人はこうだ」「できない人はこうだ」「偉くなる人はこうだ」「偉くならない人はこう だ」 と言うから話はおかしくなるのである。 まったくもって余計な人を惑わすお世話である。

 

もし、あなたが、狭義の意味での「実績」に悩んでいたとしたら、その悩みは捨ててもらいたい。 あなたが、今、一生懸命取り組んでいることが、「実績」にほかならない。 それを会社が見ているから、あなたに給料を支払っているのである。 胸を張って、自信を持って、家を出て会社に向かってもらいたい。

 

 

 

(参考)『サラリーマンの本質』 (世の中に「ありそうでないもの」「誰も語らないもの」を記載)

 

 

 

 

◆新百合ヶ丘総合研究所の「人と違った存在になる」本のシリーズ

ビジネスマンが見た出世のカラクリ 出世はタイミングで決まる!

なぜ「できる社員」はビジネスマナーを守らないのか

企業で働く 営業女子が輝く35のヒント

サラリーマンの本質

 

 

 

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