面従腹背

このエントリーをはてなブックマークに追加

サラリーマン社会や、組織で面従腹背という言葉が使われることがある。
その言葉は、多くは、組織の上に立つ人が、下の人を指して使う場合が多い。
このように、面従腹背というと、いかにも面従腹背する側に話の焦点がいってしまい、「あいつは、心の中では何を考えているのやら」と下の人の腹黒さ的意味合いを持ってしまうが、本当は、上の人に問題があるのではないのかというのが、ここでの問題提起である。
すなわち、面従腹背される側に原因がある場合が多い。

 

結論から言うと、組織の上に立つ人が、自分の価値観を下の人に一方的に押しつけているとき、自分が描くビジョンこそ唯一無二だと思っているとき、言葉には出さないが、下の人を見下している時に面従腹背は起きる。
つまり、下の人は、組織の長を心では承認していないのだ。
そして、もう一つ考えてもらいたいことがある。
それは、面従腹背する側はつらいということだ。サラリーマンなり、組織に属している人は、自分の生計を立てるために上司に従わなければならない。
そんな上司の価値観に付き合わざるを得ないし、それこそ上司が心の底で自分を見下していることに気づきながら仕事をしなければならないからだ。

 

しかし、残念なことに組織の長は、この部下の気持ちにまったく気づいていないことが多い。
それに対し、組織の長は言う。「オレは違う。部下の話をよく聞いてやっている。またほめるということも大事にしている。組織の方針や施策も、みんなで話し合いながら決めている。それに、飲み二ケーションもよく実施している」

 

実は、このことについて、今話題の『嫌われる勇気』そして『U理論入門』に関係する記述がある。
紹介しておきたい。

 

『嫌われる勇気』から P195~

哲人 ほめるという行為には「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面が含まれています。
………われわれが他者をほめたり叱ったりするのは「アメを使うか、ムチを使うか」の違いでしかなく、背後にある目的は操作です。

それでは、なぜ人は介入してしまうのか?その背後にあるのも、じつは縦の関係なのです。関係を縦でとらえ、相手を自分より低くみているからこそ、介入してしまう。介入によって、相手を望ましい方向に導こうとする。自分は正しくて相手は間違っていると思い込んでいる。

 

『U理論入門』から P329~

ジョン・M・ゴットマン博士が提唱する関係を悪化させる「関係の四毒素」は、①非難、②侮辱・見下し、③自己弁護・防御、④逃避です。
……関係の四毒素が難しいところは、明確な言動として表されなかったとしても、その心的態度になっているだけで関係性に影響をあたえることです。明確な非難の言葉を口にしなくても、会って数時間も経たないうちに誰が誰を見下しているのか、察知できる人もいるかもしれません。

 

P230~の「ビジョンは明らかになるのであって、つくられるものではない」も参考になります。

ここ数年、ビジョンという言葉が多用されるようになったが、本来の意味が置き去りにされている場合が多い。ビジョンは崇高な理想でもなければ、鼓舞するための言葉でもない。実用的な手段なのである。ビジョンの最も単純な定義は、自分たちが生み出したいもののイメージである。

 

また、著者自身の話も記載されています。
ダウンローディングが起こっている時の特徴は、その人の「枠組み」を否定しないように、周囲はその「枠組み」に合わせてあたりさわりのない態度をとる、いわゆる「イエスマン」と化すということです。

 

(ここからが著者の実際の体験)
その飲み会はまさに「ダウンローディングの祭典」といった様相を呈しており、うなずいてくれる若い連中に気を良くしたのか、その事業部長はますます高らかに自分の主張を繰り返していましたが、傍から見ていると憐れとしか言いようのない状態になっていました。そして私自身も、「そんな熱弁をふるったところで、何にも始まらないのに……」と感じており、ソーシャル・フィールドは痩せるばかりでした。

*ダウンローディングは、「過去の経験によって培われた枠組みを再現する」という意味。詳細は、『U理論入門』をお読みください。
また、『嫌われる勇気』、『U理論入門』とも、このHPで紹介していますので、書評を参考にしてください。

 

 

ここまでお読みいただければ、面従腹背の意味、そしてその真の原因がおわかりになったと思います。
ところが、組織の長や上司は、このことにまったく気づいていないのです。
よくこう言う人は、公務を離れた席で、次のように言います。
「まったく、うちの○○とそっくりのことを言うな」「まったく、うちの△△とそっくりだ」
こんな人が、いくら組織で、傾聴や話し合い、懇親会をしていても、下の人は、心底を読み取って合わせているだけです。
また、こんな人の特徴は、すぐ、「君の意見はねえ………」「君はね………」と、君、君、君と使います。
君という本来の意味をここで論じるつもりはまったくありませんが、一般感覚としては、君という表現は、目下の人に言う言葉ではないでしょうか。

 

さらに言うと、こういう人は、絶対に自分の主張を心の底では曲げません。
「誰がなんと言っても、組織は変わった。××課の○○さんのこの間の発言を聞いたか? 彼女は積極的になった。ドンドン組織は変わってきている」と言います。
そして、先に述べた『嫌われる勇気』や『U理論入門』の記載箇所を示されても、きっと、こういうでしょう。
「くだらない。そんな類いの本をオレは読まない主義だ。もっともっと高尚な本を読みなさいよ。参考になる古今東西の先人たちの本は山ほどあるだろう」と言い、自分が読んだ本の紹介を始めます。

 

面従腹背という現象の真の原因は、組織の長や上司、すなわち目上側にあると考えます。

 

 

 

 

(参考)実は、『サラリーマンの本質』で、この問題を取り上げています。第五議題「サラリーマンの悲劇」の中の3.「見下しているつもりが見下されている上司」で取り上げました。
『U理論入門』の中土井氏の体験と同じように、ある部長の部下との懇親会の席での行動と心理を取り上げました。
この部長は、自分の価値観を示したくてしようがないとともに、部下を心で見下しています。
しかし、本当に見下されているのは、自分自身でいることに気づきません。
ぜひ、参考にしてください。

 

 

 

 

綾小路亜也のビジネス書
ビジネスマンが見た出世のカラクリ 出世はタイミングで決まる!

なぜ「できる社員」はビジネスマナーを守らないのか

企業で働く 営業女子が輝く35のヒント

サラリーマンの本質

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です