完璧主義より完結主義

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サラリーマンの仕事の進め方は、一言で言えば、完結主義である。
実は、このことは私自身も長らくわからなかった。
学生時代とサラリーマンになってから違いは何かとよく話題になることがあるが、その大きな違いは、給料をもらっているか否かの差である。
「給料をもらっているのだから、仕事はしっかりとやらなければならない」と考える。学生時代は、70点でも80点でも単位が取れたが、サラリーマンとなってからは、「そうはいかないんだろうな」と誰しも考えたはずだ。
そしてその発想から生まれるのが完璧志向である。

 

ところが、いざサラリーマンになってみると、どの仕事をとっても、何が完璧なのかわからなくなる。
学生時代は、限られた答案の中での勝負であるから、完璧の出来というものは当然ありうる。全問正解、100点という世界である。
しかし、サラリーマン社会では、どの仕事をとっても、点数をつけるのはなかなか難しい。
確かに、出来栄えのいい仕事とそうでない仕事、よくやった仕事とそうではなかった仕事と区分けはつけられるかもしれないが、とてもとても点数で表すことはできない。

 

それならばと思い、報告する資料に完璧を期そうとする人も多いはずだ。私もそうだった。
wordのちょっとした、文字ずれに神経を尖らしたり、表現が適切か、誤字脱字がないか、何回も見直す。
それはそれで、手を抜いた仕事よりもよっぽどましだが、よくよく考えれば、点数がないものにチャレンジしているのである。
もちろん、「素晴らしいレポートだ。これは相当に時間をかけたんだろう」「あいつはいい加減な男ではないな」というプラス評価は、当然もらえるだろう。
しかし、その評価のために、莫大な時間をかけているのだ。
私は、前にこのブログで、「ほどほども肝心」を書いた。
その中で、完璧を期そうとすればするほど、詰めの段階、細部のチェックに、今までにかけた時間以上のものをかけることになるということを書いた。

 

そして、ある時期を境に私は、完璧さを追い求めることをやめたのである。
それは、サラリーマン社会では圧倒的に早さが重要であることを身をもって知ったからである。
なぜ、サラリーマン社会では、圧倒的にスピードが重要なのかは、拙著『サラリーマンの本質』をお読みいただくことにして、 ここでは、仕事の「完結」というものを考えてみたい。

 

『サラリーマンの本質』では、1つの仕事、1つの課題を自分の手から離すことを「手離れ」と表現した。
まさに、自分の手から、やるべきことが離れていく状態を指している。
この「手離れ」は、一つのやるべきことが終了した、すなわち完結したということを言っている。
ここで注意しなければならないことは、この「手離れ」=「完結」したという状態である。

 

仕事の完結は、平たい言葉で言えば、「もうこの問題とはおさらばですよ」ということだが、世の中、この完結が上手くいかない人がいる。私もそうだった。自分では、完全に手を離したつもりだったが、もう一度、問題がぶり返したりする。
例えば、お客に対して、しっかり質問に答えたはずなのだが、またお客から問い合わせを受けてしまうということがある。
また、社内でも、「これから先は、おたくの部署でやってよ」とボールを投げたつもりなのだが、ポールを投げられた方には、そんな自覚がなく、「あれ、どうなった。待ってるんだけど」とか、「そっちがちゃんとやってくれないから、こっちは進まないんだよ」と言われたりする。
「あれ?」と叫びたくなるが、よくよく考えてみると、こちらにも落ち度がないわけではない。
確かに、「お客にはっきり、言い切り方で伝えなかったな」とか、他部署にボールを投げた時も、「曖昧な投げ方をしたな」と思い当たるフシがあるのである。

 

ここが肝心なところだ。
『サラリーマンの本質』で述べたが、私は、サラリーマンの仕事の極意というものは、いかに1つ1つの仕事を完結させて(「手離れ」させて)、一度に多くの課題を抱えないことにあると考えている。
『サラリーマンの本質』では、多くの仕事を並行して進める仕事のやり方を、「問題並列解決型」と名づけ、「ピンチのあとにピンチが来る」元凶としている。
ところが、自分は完結したと思っていても、相手がそうは思っていなければ、また元の木阿弥に戻ってしまう。
ここは、気をつけなければいけないところだ。

 

そう、完結するときは、完璧に完結し、「手離れ」するときは、完璧に「手離れ」させなければならないのだ。
そう思うと、念には念を押す確認という動作が必要になるかもしれない。
お客さまに対しては、「これが、お客さまからお問い合わせいただいた回答です」とはっきり言い、もし、資料があるのなら手渡して完了しなければならない。
社内だったら、「これがうちの部の見解です。それをまとめましたので、そのレポートを提出します」とはっきり言わなければならない。
すなわち、完結すべきところは、余韻を残さない形でしっかりと完結しなければならないということだ。

 

さて、本題に戻り、完璧主義それは、多分内容の完璧さを意味するものであるが、それよりは、正確に表現するならば、そのために時間をかけるのならば、圧倒的に早さを優先すべきである。そして、本題で述べたように、しっかり完結すべきである。
つまり、サラリーマン社会では、完璧主義より、圧倒的に完結主義が大事ということになる。

 

 

 

(参考)『サラリーマンの本質』の最大テーマは、「手離れ」(ここでは完結)といっても過言ではない。
サラリーマン社会で苦境に陥る人は、等しく、「手離れ」が不得意な人である。ここから仕事の混乱が生まれ、悩みも生じてくる。トラブルも必ず生まれてくる。そして、成果もおぼつかない状態になる。
しかし、その解決方法は存在する! 詳細は、『サラリーマンの本質』を参照願いたい。

 

 

 

 

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