電車の中のシャカシャカ

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こういうブログを書くと、若い人から敬遠されるよと言われたことがある。
しかし、サラリーマンが許せないもののダントツ一番は、電車の中の音漏れだろう。
朝の通勤時間。電車に乗る。
昨日の疲れが残り、眠い。寝不足だ。
たとえ満員電車の中でも、立ちながらでも、少しでも疲れを取ろうと考える。
眼を閉じて、まず心を落ち着かせる。
こんなときに、あの「シャカシャカ」という音が飛び込んでくる!
頭の随を直撃する。
ただでさえ、寝不足で頭が朦朧としているのに、頭の神経を襲う。
ここで二日酔いでもしていようものなら大変だ。
ワァーと叫び、逃げ出したくなる。
こんなときに、サラリーマンが起こす行動は一つだ。
眼を開け、シャカシャカお兄さんや お姉さんを睨みつける。
あるいは、白い眼で見る。
ところがである!

 

当の本人は、そんなことなど、全く気づかずにシャカシャカを続ける。
自分はイヤフォーンをつけているから、音漏れなどしているわけがないと思っているのか。
普通の神経なら、人に白い眼で見られているならば、気づきそうなものだが、気づかない。
それとも、気づいているのにやめないのか。
ここは当の本人ではないのでわからないが、多分、そんなに音が漏れているとは気づいていないのだと思う。

 

「気づかない」- これが、「論点」だ。
この問題の解決法は、できるかどうかはわからないが、多分一つしかない。
誰かが、このお兄さんや、お姉さんのモノを取り上げ、逆に聞かせてやるということだ。
これしか方法はない。
なぜなら、本人は気づいていないのだから。

 

さて、ここからが本題である。
考えてみると、サラリーマン社会でも、これとよく似た現象がある。
サラリーマン社会には、「自分はできる人間だ」と思っている人が沢山いる。
そして、そう思っているのは、その当人だけということもよくある話である。
こうした現象は、 自分の能力と働きを「自己評価」できないことから始まっている。
それはそれでよいと思う人がいるかもしれないが、サラリーマン社会では、「自己評価」と「他人評価」が著しく異なる場合、悲劇が始まる。
また、逆に、出来ると言われている人ほど、自己評価が厳しい傾向にある。これは事実だ。

 

そう考えると、やはり論点は一つ。
悲劇が始まらない前に、「気づく」ということが必要なのである。
他人は、自分のことを、そうは思っていないことに「気づく」ことだ。
サラリーマン社会では、この「気づく」ということが、非常に大事なような気がする。
電車の中で、音漏れを聞くたびにそんなことを思うのである。

 

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(参考)『サラリーマンの本質』第五議題 「サラリーマンの悲劇」(P113~)で、この「気づかない」人たちを取り上げている。
当HP 第五議題「サラリーマンの悲劇」も参照してください。

 

 

 

 

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