飲みにケーションだけでは関係を築けない

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来る日も来る日も部下を「飲みにケーション」の場に誘う組織の長がいる。
その組織の長は、毎晩夜遅くご機嫌で帰宅する。
今日も部下と腹を割って話し、コミュニケーションが取れたと思うからだ。
一方、部下の方は、「なんで、またこういうことになるんだ」とモヤモヤ感を覚える。
実際、私は、こうした上司を持つかっての部下から相談を受けたことがある。
「毎日、毎日、たまりません」と。
こうしたことは、本当に嫌な現象だと思っていたが、最近私はハッとした表現に出会った。
それは、『嫌われる勇気』の中で、「横の関係」という言葉を目にしたからだ。
この問題を共に考えていきたい。

 

私は、サラリーマン社会の重要な部分を占めるものに、組織の長や上司の存在を挙げている。
『サラリーマンの本質』の中でも、組織や部下の仕事の進め方に口を出す上司、度々部下との懇親会を開催し満足する上司を記載している。
その多くは、自己満足しているにすぎない。
もっと言うと、勘違いしているに過ぎない。

 

その典型が、今回のテーマである毎晩のように部下を「飲みにケーション」の場に誘う組織の長や上司だ。
夕刻、会議や打ち合わせが長引く。そして、ある組織の長や上司はお決まりのように切り出すのである。
「いいところに入ってきたぞ。ちょっと場所を変えて続きを話さないか」と。
こうした上司の特徴は、「いいところに入ってきたぞ」「いい話になってきたぞ」と口癖のように言う。
実際は、自分にとって、いいところに入り、いい話になってきただけに過ぎない。
ここから部下にとっては、辛い辛い「飲みにケーション」の場に移るのである。

 

しかし、一方で、本当に楽しい「飲みにケーション」の場もあるから、サラリーマン社会は複雑である。
「飲みにケーションの場」に上司がいても、全然気にならない上司というものもいる。
気にならないどころか、一緒にわいわい言い合える上司というものも確かにいるのだ。
そんなときは、モヤモヤ感など起こるはずもなく、帰りの電車の中でその時に出た言葉を思い出し、ニヤリとしてみたり、家に帰っても疲れなど残らず、むしろスッキリしている。

 

一体、何が違うのであろうか。
その時にハッとしたのが、『嫌われる勇気』の「横の関係」である。
本来の本の意味からは外れるのかもしれないが、この「横の関係」という言葉は、ピンとくるのである。
毎晩、毎晩、苦痛に苛まれる上司との「飲みにケーション」は、「縦の関係」であり、心から楽しめる「飲みにケーション」は、「横の関係」ではないのかと。

 

「人の話をよく聞きなさい」という人がいる。また会社でも部下の話を傾聴することが重要という。
そして、部下の話を傾聴できる上司は高く評価される。
それは、それで正しいと思うのだが、問題は姿勢である。
聞く側が、「話を聞いてやっている」「聞いてやる姿勢をとっている」と思っていたら、なんの意味もないのである。
これが転じて、「みんなの意見を聞く場を設けている」「フランクに意見を汲み上げる場を設けている」「コミュニケーションの場を開いている」
すなわち「飲みにケーション」の場を開いているとしたら、それは奢りである。
その発想は、自分を中心にして、「聞いてやっている」「場を開いてやっている」という姿勢を示している。
どんなに綺麗に表現しようが、「縦の関係」を「飲みにケーション」の場に持ち込んで、自分が満足しているだけである。
きっと、部下が苦痛と感じる「飲みにケーション」は、こんな組織の長や上司が持ちかける場ではないだろうか。
そして、本当に楽しめる「飲みにケーション」の場は、上司と部下という関係を超えた「横の関係」があるのではないだろうか。

 

『サラリーマンの本質』の中の「見下しているつもりが見下されている上司」は、人の話を傾聴するふりをしながら、自分の意見を切り出す瞬間を待つ。そして、自分の意見がどんなに優れたものかを暗に示す。しかし、部下は、こんな上司の正体をすでに見破っているのである。
ここには、もちろん、いかに場の雰囲気が傾聴という形をとっていても、「縦の関係」がそのまま残っているのである。

 

こんなことを考えていくと、こんな「縦の関係」の組織の長や上司が企画する「飲みにケーション」や会議、打ち合わせは、いかにそこで発言が出ようとも、最初から、結論が決まっているのではないだろうか。
なぜなら、こんな組織の長や上司は、「話を聞いてやっている」「話を聞いてやる場を作ってやっている」と思っているのだから。
そして、一歩組織の外に出ると、「まるでウチの○○のようなことを言う」「ウチの△△とそっくりだ」と言うのである。
本当に聞くに耐えないし、のっけから、人を同列に考えていない証拠でもある。

 

話は飛躍するかもしれないが、世の中には、原則のようなものがまかり通っている。
この「人の話をよく聞きなさい」「傾聴の姿勢を取りなさい」もそうである。
それはそれで正しいが、それよりももっと重要なことは、自分と同列であるという姿勢で人の話を聞けるかどうかということである。
原則を大義名分のように振りかざして、人を指導する人がいるが、重要なことは、姿勢である。
こんな類の人は、よく「学校を開きたい」と言うが、「教えてやる」という姿勢、そしてその言葉に陶酔していたならば、迷惑するのは生徒である。
教えるも教えられるも同列である。
教えることは、教えられることであり、教えるられることは教えることでもあるからだ。

 

『サラリーマンの本質』の執筆の大きな目的の一つに、世に言われている原則に対する検証がある。原則への警鐘がある。
この原則が心の隅にあるばかりに、悩むサラリーマンも多いと考えた。
仕事の進め方についての原則の検証、サラリーマンの考え方についての検証等を実施した。
ぜひ、参考にしていただき、頭をスッキリさせて、頑張ってもらいたい。

 

 

 

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