サラリーマンの服装

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服装については自分自身で考える問題だ。私がとやかく言うことではないと思っている。
しかし、サラリーマンの服装は、実は、ビジネスの世界では極めて重要な要素である。
服装というと、とかく営業の人の服装をイメージしがちだが、営業の人、内勤の人共通の問題であることも理解してもらいたい。
こんな重要な問題に対して、日本のビジネス書では語られることは少ないが、私の知る限り、安田正氏の「仕事の哲学」にこのことが記載されていた。
「首元」という見出しで「平社員は、安物やファッション性の高いもの 部長は、奥さんに選んでもらっている 役員は、たいてい長いネクタイをしている」と書かれている。その他「足元」「手元」という見出しで、平社員、部長、役員となる人の特徴を記述している。
この内容が根源的なものか、その区分けと内容が適切なものかどうかは、読者のみなさまの判断に任せることとして、ここでは言及をしたくはない。

 

ところが、外国の方が書いた本には、この服装について詳細に述べられているのである!
ジョー・ジラード氏の「営業の神様」の中で、ルール6「適切な装い」の中で詳細に述べられている。
ジョー・ジラード氏は車のセールスマンであり、なんと15年間に13、001台の車を販売したギネスブック認定の世界一の営業マンである。
私は、いままでは、この種の本を読むことは少なかった。
皆様と同じかもしれないが、経営学や経営戦略の本を読みあさった時期もあった。もちろん、そこで得たものは大きかった。
続いて、世のビジネス書にどんなことが書いてあるかと読みあさった。
そして、その中で、「セールス」という文字が見えると、どちらかといえば敬遠していたのである。
正直に心を吐露すると、何か、「セールス」というと、経営学や戦略本から一段階、次元が落ちたような気がしたのである。
また、所詮、個性が強いセールスマンが書いた本というイメージがつきまとっていた。

 

しかし、本の選択さえ間違わなければ、下手な非現実的な指示を送る世のビジネス書よりも、よほど参考になることに気がついた。
また、営業こそが、どんな企業においても存立の基盤であることの認識を深くしていったのである。
そして、『サラリーマンの本質』の中でも、「営業の本質」という大見出しを立て、この重要な問題に真向かいしたつもりでいる。

 

さて、服装について本題に戻そう。
ここからが長年サラリーマンを経験してきた私の本音である。

 

結論から言うと、「こざっぱり」とした服装であればいい。
ブランド品とか、いい物とかはあまり関係がない。これは自己満足の世界だと思っている。その人がいいと思えばそれでよい。
しかし!ここで重要なことは、周りの人や外部の人からどう見られているかということである。
私は、「こざっぱり」としていれば、スーパーで売っている1000円台のワイシャツで一向に構わないと思っている。
ネクタイだって、そんな高いものはいらない。
ただし、念を押すようだが、「こざっぱり」としていることが必要十分条件である。

 

このことを、どうして感じたかというと、我々自身が客となった場合の経験を考えてみるとわかりやすい。
何か、よれよれの服装をしたセールスマンからアプローチを受けた場合、ちょっと距離を置きたくなったことはないだろうか。
それは、その人自身を否定するという感覚ではなく、何かその人が追い詰められた人のように見えるからだ。
営業というものは不思議なもので、「追い詰められた人」から他人は、決して買おうと思わない。
『サラリーマンの本質』でも、営業の世界では、「二兎を追うものは三兎をも得る」と書いたが、営業に行き詰まり、残された数少ない見込み先を必死に刈り取ろうと思っているときは、まず成約とはならない。これが逆に、「この見込み先、来月でもいいや」と思っていると、成約してしまう。
つまり、営業の世界では、売る側の心の「余裕」というものが必要なのだ。

 

その意味で、私は、「こざっぱり」とした服装が必要だと言っている。
お客さまと対等な関係を築くには,「こざっぱり」とした服装が必要だと言っている。お客さま以上のものはいらない。

 

内勤部門で働くサラリーマンにとっても、同じだ。
内勤部門には、必ず地味だが、堅実に職務をこなす職員がいる。
実は、私は、こうした職員が大好きだが、服装まで地味になりすぎていることはないだろうか。地味になりすぎるというよりは、「まったくこの人服装には関心がないよな」と思わせる服装をしていることはないだろうか。
この点も、私がとやかく言う問題ではないが、また根源的な問題ではないが、こわいのは、周りの人がその人に対して、イメージを作ってしまうことにある。その人の外観上のイメージでその人の発言、提案を受け止めてしまうということがないだろうかと心配している。

 

その人の服装について私が論じる資格はないが、ちょっとイメージチェンジを試みたらどうであろうか。
ここでイメージチェンジというと、すぐに真っ赤なネクタイとは考えないでもらいたい。
逆効果になることがよくあるからだ。私は、先日ある温泉に行った。そこに息子家族に連れられた、おとなしそうなおじいちゃんがいた。
優しい息子家族から多分外出用に買ってもらったであろう真っ赤なセーターを、そのおとなしそうなおじいちゃんは着ていた。
しかし、残念ながら、そのことがかえっておじいちゃんの年を浮き彫りにしてしまっていた。
こうしたことから、自分でもちょっと地味だなと思う人は、極端に変えないで、まずワイシャツをブルーにするなどから始めたらいいと思う。
そのうち、少しずつ自分自身で変えていくはずだ。

 

 

服装が重要であることは、他人は、まずそこから判断するからだ。つまり人の評価の第一関門がそこにあるということだ。
仮にその人の内容や中身、あるいは提案内容がしっかりしたものであったとしても、第一関門が大きく前途を塞いでしまう。
もちろん、その人の根源的部分は、その内容にあることは間違いない。しかし、その内容に入る前に第一関門が塞いでしまう。
これだけは、絶対に防がなければならない。
言い換えるならば、早く内容に入ってもらうために、服装という第一関門を突破してもらうということである。

 

この辺の身構えについては、前述のジョー・ジラード氏の「営業の神様」に詳細な記述がある。
是非、参考にしていただきたい。
『サラリーマンの本質』やこのブログが、サラリーマンの現実的な問題の解決策を探求するということをコンセプトとしているので、敢えて言及した次第である。

 

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