ほどほども肝心

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サラリーマンには、几帳面な人もいれば、そうでない人もいる。
どちらかといえば、悩む人は、几帳面な人に多いようだ。

 

さて、こんな経験を持つ人がいないだろうか。
WORDで、文章を作成していると、文字ずれが起きる場合がある。
(勿論、スキルがあれば、こんなことは生じないかもしれないが)
その時に、気になって気になって仕方がない人と、一向に気にもとめない人がいる。

 

気になって気になって仕方がない人は、何度も何度も修正を試みる。
特に文書の仕上げの段階だったり、よい文書を上司に見てもらいたいと思っているときはこの修正を繰り返す。
そんな時に、時間は瞬く間に過ぎていく。 時計を見ると、針はとんでもない時間を指している。

 

およそ、このタイプの人は、文書や仕事の完成度にこだわる。
この人たちにとっては、完成度が90%に達した時、ここからが正念場の仕事になる。
そして、残りの10%のために、90%に要した時間よりも長い時間をかけたりする。
この感覚は、学生時代の試験の準備に似ている。
私は、95点を取る人と100点を取る人とでは、勉強量に相当な差があるのではないかと思っている。
すなわち、その差5点の獲得のためにかける時間は相当なものではないかと思っている。
勉強をよくした人は、きっとそんな実感があるだろう。
しかし、学生時代はそれはそれでよかった。この5点の差の中で、優劣や順位が決まるということが往々にしてあったからだ。

 

しかし、サラリーマン社会では、学生時代と同じようにこの差5点は、本当に重要な意味を持つのであろうか。
意味がないとは決して言わない。またその几帳面さや仕事の完成度はきっと評価されると思うが、
サラリーマン社会では、私の経験を基にすれば、だいたい答案ができていれば○である。
むしろ、答案を提出したということ、その提出のスピードに重きが置かれる。

 

ここが重要なことだが、サラリーマンにとって、会社からあるいは上司から課題を求められたとき、
答案を、「出す」ということは絶対必須条件である。
しかも、早く出すか遅く出すかで、評価が異なる。
ここを深く認識してもらいたい。 とにかく答案用紙を「出す」という動作こそが重要ということだ。
ここを、決して、自分のペースで考えてはならないのである。

 

さて、長年サラリーマン生活を送ってきた私の感想だが、
細部にこだわり、完成度高く仕事を進める人は、サラリーマン生活で間違いを起こすことは極めて少ないだろう。
また、きっと、会社や上司から評価も得られるだろう。
しかし、こういうタイプの人は苦労性となる。労働時間も長めとなる。
実は、私がこういうタイプだった。
今になって振り返ってみると、この細部を気にし、完成度を高める作業は、労力に比し、たいした問題ではなかったのではないかと思えてくるのである。
それよりは、サッサと答案用紙を提出して、違うことやリフレッシュの時間にあてるべきだったのではないかと思えてくるのである。

 

今の私はというと、物事をなるべくさっさと済ますようにしている。
報告する書類があるときは、さっさと書き、ざっと読み返してすぐに提出するようにしている。
それよりは、さっさと済ませることにより、違うことをやる時間を生み出したいと思っている。
この違うことの中には、勿論、早く家に帰って、リラックスしたり、趣味の時間に あてることも含んでいる。

 

『サラリーマンの本質』では、冒頭の第一議題から第二議題にかけて、サラリーマンの仕事のやり方を記述した。
その中で、「『手離れ』を早く」という項目を立てた。
この「手離れ」という言葉は、読者から結構受けた。
この「手離れ」という言葉は、さっさと自分の手元から課題や問題が離れていくことをイメージしている。
このさっさというところが肝心なのだ。
要は、サラリーマン生活では、このさっさという感覚が非常に大事で、この感覚を覚えるようになると、色々と会社外のことも含めて楽しめるのではないだろうか。
細部にこだわり、完成度を高めることも重要だが、「何事もほどほども肝心」なのである。
それよりは、さっさと「手離れ」して、違うことをやった方がいいと思うのである。

 

 

 

 

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