マッキンゼー本には「本当に役に立つのか?」と思わせないプロフィールがある

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ビジネス書は売れている。
その中でも特に、マッキンゼーなどの外資系コンサルティング会社出身者が書いた本は売れている。
このことは、みなさんが書店に行くたびに、あるいは新聞の出版広告を目にするたびに肌身で感じ取っていることである。
なぜ日本でビジネス書が売れ続けるのかということについては、様々な人が本に書いているのでここでは詳細を割愛するが、漆原直行氏はこの現象を一言で上手く表現している。それはビジネスパースンは「漠然とした危機感」を持っているからだと言っている。(『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない (マイナビ新書) 』)
ビジネスマン出身の私の感覚からして、この表現はあたっていると思うのである。
加えて言うならば、私は、ビジネスマンはたえず「人よりよく思われたい」、つまり「人より少しでも優位に立ちたい」という気持ちもあるからビジネス書を買っているのではないかと思う。

 

しかし、ここで冷静に考えてみると不思議な現象がある。
一つは、ビジネス書の著者はコンサルタントが主流となっているという事実である。つまり一般の企業で働いたビジネスパーソンではないということだ。
もう一つは、著者もそうだが、そのビジネス書を論議する方もビジネスパーソンではないということだ。
ということは、一般のビジネスマンやサラリーマンとは違った世界で本が出版され、議論が行われているということだ。
つまり、ビジネスマンの視点では何も語られていないということだ。
ただただ与えられたものを受け、その与えられたものの批評を聞いているだけなのである。
肝心要のビジネスマンは蚊帳の外なのである。まったく不思議な現象である。それでよくビジネスマンは耐えているなと思うのである。
私は、なぜ、ビジネスマンの視点から、「本当のところはどうなのか?」「本当に役立つのか?」という議論が湧ないのか不思議に思っているが、実はこのことが問題の核心なのである。これからのテーマなのである。

 

結論から言えば、読者に「本当のところはどうなの?」「本当に役立つのか?」と思わせないのが、現在売られているビジネス書である。
逆に言えば、読者に「本当のところはどうなの?」「本当に役立つのか?」と思われたら、それは売れないからである。
それでは、読者にそう思われない本はどういう本なのだろうか?
その代表格は、マッキンゼーなどの外資系コンサルティング会社出身者が書いた本である。
マッキンゼー、アクセンチュア、ボスコンというネームバリューはあまりにも重い。
その名前を聞いただけで、読者はそこに洗練された世界を感じ、ひれ伏す。
そして、本のカバーの袖に書かれた著者の経歴をじっくり眺め、「ここに書かれていることは絶対に参考になる」と自信(?)を深める。
そこには判で押したように、一流大学を出て、MBA(経営学修士)を取得し、外資系コンサルティング会社に就職し、独立したと書いてある。
つまり、読者は本を読む前から「この本は絶対に参考になる」と決めているのである。
これでは、本は売れるはずである。
ハーバード、スタンフォードという名前がついた本が売れるのもこれと同じ理屈である。

 

もう一つは成功体験者の本である。
それは、成功という事実があるからである。
起業し大成功した、あるいは大企業のトップにまで上り詰めたという「事実」があるからである。
そして、外資系コンサルタントがよく言う「ベストプラクティスを学べ」という言葉を頭の隅においている読者が多いことも、本の売り上げを加速する要因となっている。
有名スポーツ選手や芸能人が書いた本もこのジャンルに入る。

 

こう考えると、読者に「本当のところはどうなの?」「本当に役立つの?」と思わせない本には、そう思わせない「プロフィール」が具備されていることに気づく。
これが、ビジネス書なのである。
つまり、読者は、著者のマッキンゼー出身あるいは成功者というプロフィールを買っているのである。
それだからこそ、出版する側はプロフィールがすでに形成された人間に執筆を依頼することになる。有名スポーツ選手や芸能人の本もこうして生まれることになる。
また、出版コンサルタントも本の中身うんぬんよりも、「まずプロフィールを作れ」と言うのもこのためである。

 

さて、問題はここからである!
今まで述べてきたように、読者は、「本当のところどうなの?」「本当に役立つのか?」と思わせない本を買っているが、実際に本を読んでみて、本当に役に立ったか否かは別次元の話だからである。
ここのところがくすぶり続けているままなのである。
ここも結論から言うと、読者は、「本当に役に立っているのか」という疑念を抱きつつ、前に進んでいるのはないだろうか。
前に進むというのは、また、ビジネス書を買う行動に出るということである。

 

なぜ、ここを曖昧としたまま前に進むかというと、そこには読者側の事情も存在するからだと考える。
仮に読者が、「プロフィール買い」で選んだ本を読み終えたとき、「ああたいしたこと書いてなかった」と思った場合でも、それを自分自身に向けて言えるかである。
これが、小説だったらきっと、「全然おもしろくなかった!」「時間の無駄だった!」ときっと言えるだろう。
小説も、有名作家のものと売れていない作家のものとでは言い方の辛辣さ、取扱いの違いもきっとあると思うが、基本は、「おもしろかった」「おもしろくなかった」「感動した」「感動しなかった」に分けて表現することができるのではないだろうか。
しかし、ビジネス書の場合はなかなかそういう二者択一的な表現は難しいと思うのである。
きっと、たいしたこと書いてなかったと思う場合でも、「少しは参考になった」と表現するのではないだろうか。
なぜそう表現せざるを得ないのは、やはりそこには「プロフィール」の存在、重みがあるからである。
完全否定できないものが「プロフィール」の中にあるからだと考える。

 

しかし、「ビジネス書は本当に役に立つのか」、あるいは「どういうビジネス書は役に立つのか」を自分自身で決着をつけない限り、終わりのない旅に出ることになる。
終わりのない旅というのは、ビジネス書を買い続けるという旅である。ビジネス書に多大な時間と費用をかけ続けるという旅である。
その手始めは、「マッキンゼー本が本当に役に立っているのか」という検証である。
ビジネスマン視点からの検証である。

 

 

 

 

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