主催者はいつも楽しく、出席者はいつもつらい会議

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サラリーマン社会の会議というものは不思議なものだ。あるいは、日本の組織で行われる会議は、みんなこうした傾向があるのかもしれない。
それは、主催者が招集する会議というものは、いつも主催者側にとっては楽しく、その開催が、待ち遠しく思われるということである。
「あれを話そう」「こんな指摘をしてやろう」「あのことを引き合いに出そう」と止めどもなく、議事案件が浮かんでくる。
ところが、参加者にとっては、その日が来るのが、何週間も前から憂鬱なものとなる。
「あれを聞かれたらどうしょう」「こんな返答が通るのであろうか」と不安になる。

 

ところがである!いままで、会議を主催していた側が、今度は、会議出席者となることがあるのである。
もっと、上の会議、たとえば、本部会議、全国〇〇長会議というものが、これにあたる。
今まで自分は、会議を招集する側で、いつも、「あれを聞こう」「これを聞こう」と思っていたのが、今度は、「あのことを聞かれたら、どう答えようか」と、不安になり、頭の中で予行練習を繰り返すのである。
そして、さらに、そのまた上の会議があるのである。
本部会議や、全国〇〇会議を仕切っていた側が、今度は、会議出席者に回る会議があるのである。
それは、たとえば、 社長が進行役となる役員会議や取締役会がそうだ。
今度は、役員が、その会議のために準備を重ねることになる。

 

こう考えてみると、日本国中の企業や組織は、会議を開催する側に回ったり、今度は、会議に出席する側に回ったりと、目まぐるしく、会議を中心に回っている。
そして、会議開催を待ち遠しく思ったり、不安に思ったりを繰り返しているのだ。

 

そして、 驚くことに、会議出席の準備のため、つまり、会議で質問されても困らないように、そのために、管下の職員を集め、会議まで開催していることさえあるのだ。このことは、みなさんも、ピンとくるのではないかと思う。
これでは、ダメである。
こんなことをやっている暇があったら、今の業務にまい進すべきである。
そうすれば、会社も組織も、きっとよくなるはずである。

 

考えてみると、会議主催者側は、いつも会議出席者が「質問されたら困る」であろう質問を用意しているから、こういう現象が起きるのかもしれない。
それだから、会議を主催する側はいつも楽しく、出席する側は、いつもつらい会議となるのである。
そういう意味では、「質問されたら困る」会議が、日本国中で開かれているということになる。

 

上記のことから、会議に出席するには、準備がいるのである。
その時間と労力はあまりにも惜しい。
日本の企業、組織は、こういうところから、生産性と効率性を見直した方がいいと思うのである。
会議を、みんなで話し合う場というように、会議自体の定義を変えることが必要なのではと思う。

 

 

 

 

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