失敗という免疫

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サラリーマンなら誰しも、失敗を経験する。その中には、取り返しのつかない失敗をしたと感じた時もあったはずだ。
そして、失敗をすると、誰しもが深く落ち込む。
そこには、本人にしかわからない苦しさがある。他人に言えない苦しさがある。
しかし、そんな失敗や落ち込みは、サラリーマン生活を長く続けていると、何度も何度も経験することになる。
確かにその度に落ち込むのだけれど、その度に強くなっていく。
それは、あたかも、失敗という免疫を持つかのようだ。

 

この失敗という免疫の中身を表現することは難しいが、
それは、多分、取り返しのつかない失敗をしてしまったときでも、最後には、「なんとかなった」「なんとか乗り切った」あるいは、「なんとか耐えしのいだ」ということを、頭というよりは、体が覚えているということではないだろうか。
このことを逆説的に言うならば、失敗を重ねてきた人は、免疫を持っているということになる。
そして、免疫を持っているから、仮に次の失敗が到来しても、またなんとか乗り切ることができる。
つまり、打たれ強いということになる。もっと端的に表現すると、強いということになる。
そう考えてみると、失敗という経験を持つことは、非常に大切ということになる。

 

そう、長く苦しいサラリーマン生活を乗り切るには、人間としての強さが必要なのである。
そしてその強さは、失敗から身に付けていくものではないかと思う。

 

よく世の中では、失敗を「得難い貴重な経験」と言う人がいる。それはそうかもしれないが、私はそんなきれいな表現をするつもりはない。
失敗した人は。失敗してそんなことを思うはずは絶対にないからだ。
もしこの言葉を感じるとしたら、それは、ずっとずっと先になってからだ。
私が言うのは、失敗しても、投げやりになったり、前途を悲観することはないということだ。
失敗しても、当座は大変だけれども、サラリーマン社会では、最後には絶対になんとかなる。
失敗が非常に大きかった場合は、時の経過とともになんとかなる。このことだけは頭に置いてもらいたい。
しかし、それには、1つだけ条件がある。
それは、失敗したと思ったら、必死にあがいてもらいたいということだ。
あがきにより、少しでも最悪の事態を避ける。この踏ん張りが重要である。
そして、このあがきを見て、周りの人は絶対に助けてくれるはずだ。

 

失敗は、できるだけ避けた方がいいに決まっている。そしてそうならないように努力することが重要だ。
しかし、失敗した場合でも、絶対になんとかなると信じて、その場で、その時に、頑張ってもらいたい。
ここで、頑張ることができたなら、それは人が言う、のちのちその人の財産となり、その人の強さになるのである。

 

 

(参考)『サラリーマンの本質 』第二議題「現場への指導は三つのみ」の中の3.「溺れる者は藁をも離すな」を是非参考にしてもらいたい。
取り返しのつかない事態を引き起こしてしまったと思う場合でも、最後の踏ん張りさえしっかりしていれば、なんとかなるものである。
ここでは、もしなんとかならないものがあるとしたら、それは唯一健康のみと記述している。

 

 

 

 

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