『薄っぺらいのに自信満々な人』

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薄っぺらいのに自信満々な人 (日経プレミアシリーズ) 薄っぺらいのに自信満々な人 (日経プレミアシリーズ)
榎本 博明

日本経済新聞出版社 2015-06-09

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みなさんは、本のタイトルを見て、みなさんの周りにいる「ある人」をきっと思い浮かべるのではないだろうか?
そして、この本の内容は、そんなみなさんの予感は半分は当たっている。
しかし、この本の目的は、それだけではない。

 

本書は、冒頭で
「どうもボジティブなことが無条件によいことであるかのような勘違い、不安になるのが悪いことであるかのような勘違いが、世の中に広まっているのではないだろうか」
と、現在のボジティブ志向の問題を提起し、

 

「つながる力より、一人でいられる力の方が、今強く求められているのではないかということ。そして『できる人』ほど不安が強いということ」
この2つの視点から仕事力を高めるということについて、掘り下げたいと言っている。

 

まず、本のタイトルとなっている「薄っぺらいのに自信満々な人」については、みなさんもおそらくビジネスの世界で感じ取っていることなので、ざっと紹介しておきたい。
「仕事ができない人は、自分が仕事ができないことに気づかない人」と言い替えることができる。
すなわち、「能力の低い人ほど自分の能力を著しく過大評価しており、逆に能力のとくに高い人は自分の能力を過小評価する傾向がある」
これは、本書によれば、実験的にも実証されている。(実験者の名前を取りダニング=クルーガー効果という)

 

そして、なぜ、そんな現象が生ずるのかについて、
本書は、 できる人ほど「いろいろ考える」からであり、あらゆる可能性を想定するから不安になるからだと言っている。
「できる人は緻密な思考習慣を身につけているため、不安が強いのである」と述べている。
著者は心理学者だが、このような緻密な思考回路の持ち主を「認知的複雑性」が高い人と言い、単純な思考回路の持ち主を「認知的複雑性」が低い人と紹介している。

 

みなさんが、きっと不思議に思うことは、なぜ「仕事ができない人は、自分が仕事ができないことに気づかないのか?」ということだと思う。
しかし、現実には、残念ながらこのような人が山ほどいるのである。そして、本書が言うように、「仕事ができる人」に限って、いつも不安を持っているのである。
このことについては、拙著『サラリーマンの本質』にたっぷりと記載しているので、興味がある人は参考にしてもらいたい。
なお、『サラリーマンの本質』では、「仕事ができないことに気づかない人」を「自己評価できない人」と呼び、ビジネスで一番必要なことは「自分を懐疑的に見る」ことであり、「懐疑的な自己評価」こそが、進歩、成長の道につながると書いた。
そして、「できる人ほど、自分の『できていない』数を数え、そうでない人ほど、自分の『できた』数を数えている」と書いた。
おもしろいのは、その中で、私は世界のホームラン王、王選手の苦悩を紹介したが、本書では、松井選手のことを紹介していることである。

 

さて、本書の真骨頂は、ここからである。
本書の構成を相当読み込む必要があるが、「できる人」になるには、要するに「いろいろ考える人」になる必要があることになる。
そして、「いろいろ考える人」になるには、一人でじっくり考える必要がある。

 

しかし、本書は、今の時代は、一人でいられない環境だと言っている。
それは、一つには、今の時代は、ことさらコミュニケーションというか、つながりが重視されているからである。
本書を読んで驚いたのだが、今の時代は、大学の学生食堂で一人でランチを取る姿を人に見られたくないために退学してしまう人がいるというのである。
これは、べつに学生だけではなく、ビジネスマンでも一緒である。自分がコミュニケーションがない人間とは見られたくないために、たえず同期会などに参加するのである。

 

本書ではこう言っている。
「問題は、みんながいつも群れるようになってきたため、群れることが規範化して、一人でいることがまるで恥ずかしいことであるかのようにみなされるようになってきたことである」
すなわち、「群れるということがあまりにも常態化し、群れることへの抵抗がないばかりか、群れていないとネガティブにみられるといった感受性が広く共有されている」ことになる。

 

そして、こんな風潮に追い討ちをかけているのが、SNSの進化である。
本書は、
「SNSの進化により、グループの同調圧力が一緒にいないときまで強烈に襲いかかってくるようになったのである」と述べている。

 

そして、重要なことは、このようなグループやSNSの仲間は自分と同質集団であり、けっして他人の眼にならないということである。
そして、同質集団であるからゆえ、自分からの「承認要求」もいとも簡単に発信でき、そしていとも簡単に取れてしまうのである。
すなわち、コミュニケーション、コミュニケーションといっても、かえって自分の世界を狭くしているということになる。

 

どうだろうか?
詰まる所、本書は、「できる人」になるためには、自分としっかり真向いしなければならないこと、そのためには、一人でじっくり考える必要があること、
そして、自分を成長させるためには、自分の鏡となる他人の眼が必要であり、今のコミュ力重視、SNSのつながりからでは、けっして他人の眼とならないこと、むしろ、自分一人で考える時間を阻害してしまっていることを述べている。
ぜひ、参考にしてもらいたい。

 

 

 

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