『学問のすゝめ』 

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学問のすゝめ 学問のすゝめ
福澤 諭吉 小室 正紀

慶應義塾大学出版会 2009-05

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以前より、一度、しっかりと『学問のすゝめ』を読んでみたいと思っていた。
『学問のすゝめ』は、現在、現代語訳版を中心に様々な出版社から出版されているが、私は、あえて明治31年の『福澤全集』(時事新報社)を底本としている本書を選んだ。
当時の時代感覚により浸りたかったからである。
しっかりと読めたかどうかは甚だ不安であるが、浅学の私が知らなかったことも多い。
まず、大変恥ずかしい話だが、本のタイトルからして、『学問のすゝめ』となっていることに初めて気がついた。『学問のすすめ』と思い込んでいた。
また、『学問のすゝめ』が、初編から十七編まであることも知らなかった。
さらには、一遍一遍も小編になっていることも知らなかった。
さて、このような私であるので、本の中身について言う資格はもとよりない。
しかし、この日本を代表する名著が世の人に訴える情熱、力というものを体で感じることができた。

 

本文の一部を紹介したい。

 

「………日本とても西洋諸国とても同じ天地の間にありて、同じ日輪に照らされ、同じ月を眺め、海を共にし、空気を共にし、情合相同じき人民なれば、こゝに余るものは彼に渡し、彼に余るものは我に取り、互に相学び、恥じることなく、誇ることもなく、互に便利を達し、互にその幸を祈り、天理人道に従て互の交を結び、理のためには………にも恐れ入り、道のためには英吉利、亜米利加の軍艦を恐れず、国の恥辱とありては、日本国中の人民一人と残らず命を棄てゝ国の威光を落さゞるこそ、一国の自由独立と申すべきなり。………」(P9-10)

 

「……我日本国人も今より学問に志し、気力を慥(たしか)にして、先ず一身の独立を謀り、隋(したがっ)て一国の富強を致すことあらば、何ぞ西洋人の力を恐るゝに足らん。道理あるものはこれに交り、道理なきものはこれを打払わんのみ。一身独立して一国独立するとはこの事なり」(P27)

 

本書の時代背景を考えてみたい。『学問のすゝめ』は、明治5年から明治9年にかけて書かれた。
明治維新である。日本は開国された。その時に我が日本が見たものは、列強諸国とその文明であった。
呆然とするほど彼我の差があった。
あまりの強大さ、あまりの文化の差に、驚き、飲み込まれそうな危惧を覚えたはずである。
その中で、一国を守ること、そしてその意味、また、一国を守るために国民が考えなくてはならないこと、為さねばならないことを福澤先生は説いたのである。まだ、国会開設も演説の普及すらもなかった時代にである。
そして、注目すべきは、列強諸国との彼我の差も信じられないくらい大きかったが、我が日本の独立を守る、貫くという思いも限りなく大きかったのである。それが、『学問のすゝめ』ではなかったのかと思っている。

 

また、その思いを国民にわかりやすいように、わかりやすいように、たとえも交えながら紹介している。
しかも、紹介文の「同じ日輪に照らされ、同じ月を眺め、海を共にし、空気を共にし」のように、文も力強く流れるように突き進んでいる。
のちのち、わかりやすいように書いたたとえが基になり、この本における糾弾運動があったが、それに対しても、極めて論理的にわかりやすく説明し論破している。(「学問のすゝめの評」)

 

さて、もう一つ感じ取ったものがある。
それは、先の紹介文も、今の日本にそっくりそのまま当てはまることである。
この一文を読んで、そう感じ取る人も多いはずだ。
一国が独立を守るということ、そのために国民がなすべきもの。
ここは不変のものなのだろう。改めて、今の日本人が考えなくてはならないテーマだと思う。

 

 

 

2014年5月31日