「苦戦」は人事部言葉である

企業には人事部言葉というものがある。その代表的な言葉が「苦戦」である。
部下の評価について打ち合わせをしているときに、ある職員を指し、人事部職員は「苦戦していますね」と言う。
つまり、その時点で、上手くいっていない職員、評価が低い職員を指していう言葉である。
それを、あからさまに「だめですね」と言わずに「苦戦していますね」と言う。

 

言葉遣い一つをとっても、人事部の職員は慎重なのである。
よく、現場で、「おまえ、なにやってんだ!」と言うのとは、ちょっと違うのである。
きっと、人事部の職員も、そんな言葉を勤務しているうちに、覚えていくのだろう。

 

そして、この「苦戦」という言葉は、私がいた会社だけでなく、けっこう広く企業で使われている。
しかし、私が不思議でたまらないのは、私は毎日のようにビジネス書を読んだり、セミナーなどの記事に目を通しているが、「苦戦」という言葉に出会うことがないことだ。
これは、もしかすると、ビジネス書の著者やセミナーの講師の多くが一般企業の勤務経験がないからかもしれない。
そうすると、どういう表現になるのか?
「残念な人」「仕事ができない人」という表現になり、その延長線上で「二流の人」という言葉が使われることが多い。

 

しかし、これでは、企業で働くサラリーマンやあるいはビジネスマンはたまったものではないと思うのである。
それは、サラリーマンやビジネスマンはよくわかると思うのだが、決して「仕事ができる人」のすぐ裏側が「仕事ができない人」ではないからである。
私は「苦戦」という言葉は実はあまり好きではないが、また人事部の「苦戦」という言葉の意図は別にして、確かに、「仕事ができる」と「仕事ができない」という間にはその中間状態ーつまり、苦戦している状態があると思うのである。
もっと言うと、みんな一生懸命頑張っているのである。そして、その頑張り方や結果を見て、「仕事ができない人」と一刀両断に決めつけてしまうのは、あまりにも、一生懸命頑張っている人に対して失礼であり、それでは元も子もないと思うのである。

 

私は、長い間、企業で管理職を続けていた。決してオーバーな表現ではなく、その間述べ1000人くらいの人の評価表というものを見てきた。
そして、思ったことは、「仕事ができる人」とそうでない人との差は紙一重であるということである。
それこそ、苦戦している人が、蘇ったという例は山ほど見てきたのである。

 

そこで、私からみなさんにアドバイスがある。
仮に苦戦状態に陥ってしまった場合、ここで自分に大きな負荷をかけないでもらいたいということである。
ここで、ビジネス書を読み漁ったり、セミナーに参加したりして、自分に負荷をかけないでもらいたいということである。
急にジャンプアップを図らないでもらいたいということである。
だいたい、一生懸命頑張っているのに結果がでないというときは、体も心も疲れている時である。
それだけで負荷がかかっているのである。
そんなときに、より一層の負荷をかけると、それこそズタズタになってしまうと思うのである。

 

それに、人が考えたことや人から教えられたことが、自分の血となり肉となることは少ないと思っている。
そうした場合でも自分自身で咀嚼する、自分自身の頭で整理するということが必要になってくる。
ということは、結局は、自分自身の解を見つけるということになってくるのである。

 

こういう苦戦状態に陥った場合は、まず、いったん自分の心を落ち着かせ、整理してみることである。原因を分析してみることである。
そして、たった一つでもかまわないから、原因に「気づく」ことである。
自分で気づいたことは、強みになる。人から教えてもらったものとはわけが違う。一生、その「気づき」を自分で携行していける。人から教えてもらったことは、時間が経てば、いつの間にか消えていることが多いのである。
そして、それに、また新たな「気づき」を一つずつ、つけ足していくのである。

 

むしろ、こういう場合は、心を落ち着かせ、自分を混乱させているものの除去のを考えた方がいいと、私は思うのである。
また、老婆心から申し上げると、こういう場合は、環境を変えるということも選択肢の一つである。辛いかもしれないが、違う部署、違う土地、すなわち転勤希望ということも視野にいれてもらいたいと思っている。
それは、私は、転勤して蘇ったという人を、多数見てきたからである。
きっと、その人たちは、自分の心の整理ができ、環境が変わることにより、0スタートをうまく遂げた人たちではないかと思っている。

 

私は、「苦戦していても、きっと立ち上がれる!」ということを信念として持っている。
ぜひ、「気づき」で頑張ってもらいたい。

 

(参考:拙著『サラリーマンの本質』 :苦戦している人のために書いたつもりである。機会があれば、あなたの「気づき」の参考にしてください)

 

 

 

 

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「仕事は重要なものから取り組みなさい」の落とし穴

「仕事は重要なものから取り組みなさい」と、我々は、社会人となってからそう言われ続けてきた。
サラリーマンなら、入社時の研修の際に人事部の人から言われたり、初めて配属となった職場の上司から言われた人も多いだろう。
以来、このことが動かざる不文律となっている。
確かにその通りだと思うのだが、実は、わかっているようで、わかっていないことが多い。

 

一つは、なにが重要かという判断である。
こんなことを言うと、「社会人となったら、なにが重要でなにが重要でないかぐらい、自分で判断しなさい」と言われそうな気がするから、なんとなくその判断基準を、自分自身でつかんでいったのではないだろうか。
上司や先輩の言葉に耳を傾け、自分自身でつかみ取ろうとしたのではないだろうか。
しかし、上司や先輩たちは、結構、この言葉を縦横無尽に使う。
たとえば営業部門に配属された場合、上司は、「毎日の営業活動も大事だが、将来を見据えた行動はもっと重要なんだ。そのために、君は販売店開拓を優先しなければならない」と言う。
それを聞いた我々は、「そういうことなのか」と思い、未経験の販売店開拓に取り組んだはずである。

 

「わかっているようで、わからない」もう一つの理由は、実は、「重要なものから取り組みなさい」は、我々が長い間、学生時代に培っていたものと皮膚感覚で異なるのである。
我々は学生時代、長い間、試験という洗礼を浴び続けてきた。
実は、そこで覚えたきた動作は、「重要なものから取り組みなさい」とは違うのである。
あなたも多分、次のような動作を繰り返してきたと思う。
まず、問題用紙をざっと見渡す。
すぐにでも解答できそうなもの、あとでじっくり考える問題等を瞬時に選り分ける。
たとえば、英語だったら、前置詞の穴埋め、単語のスペリング等、簡単なものから手を付け、気持ちを落ち着かせ難問に挑んだはずである。
いきなり難問にぶつかるという動作はしなかったはずである。
これが、社会人となって、「重要なものから取り組め」と言われても、言っていることはわかるが、動作としては馴染めないはずのである。

 

しかし、社会人となった瞬間、我々は上司や会社が言っていることに忠実に従おうとする。
これが学生と社会人との差とばかりに、我々は、その言葉の意味を探るのである。
そして、我々は、この「重要なものから取り組みなさい」という言葉を、「重要なもの以外は後回しにしてもよい」というニュアンスで受けとめてしまうのである。確かに上司や会社はそういうニュアンスを込めて言ったと受けとめるのである。

 

この「仕事は重要なものから取り組みなさい」を、わかったようでわからないような気持ちで取り組んだとしたら、どういう状態になるだろうか?
大小軽重入り混じった課題、やるべきことが横一線に並ぶ。
「重要なもの以外は後回しにせよ」といったニュアンスもあり、やるべき課題が、ずらりと並ぶのである。
それは、よくよく考えてみればわかる。
重要な課題が、そんな簡単に完了となるわけがないのである。
この状態の特徴を一言で示すならば、すぐにでもできそうな簡単な課題も横に並んでいるということである。
そして、この簡単な課題も、将棋の歩が金に成り上がるごとく大問題に発展する危険性を抱えているということになる。

 

こんな状態となったら、まず精神的に追い込まれる。
私はサラリーマンやビジネスマンのメンタルの発生源の一つはここにあるのではないかと考えている。
この問題の解決法は一つである。
それは、学生時代の感覚に従うことでもある。
簡単な問題から手を付け、それをさっさと済ませてから重要な問題に取り組むということである。
ここで、前項で述べた「モグラたたき」の要領がなぜ必要であるかをわかっていただけたと思う。
ビジネス社会では、「モグラたたき」の要領で、まず簡単な問題をポンポンと片づけてしまうことが極めて重要なのである。

 

さて、ここでの考察のとおり、世に言われていることとビジネスの現場での話は異なることが多い。
また、世に言われている原則を読み替える必要がある。
「仕事は重要なものから取り組みなさい」を言い直すと、「『まず、身の回りの簡単な問題を片づけて身軽にしてから』重要な問題にしっかりと取り組みなさい」ということになる。

 

 

(参考) 『サラリーマンの本質』第一議題の中の3.「手離れ」を早く P31~でこの問題を取り上げている。

 

 

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ビジネスマンの仕事はモグラたたきの要領で

最近、ゲームセンターに行っていないが、一昔前にはモグラたたきの機械が必ずあった。
このモグラたたきの要領こそ、ビジネスマンの仕事の要領である。
モグラたたきは、言うまでもなく、次々に穴から顔を出すモグラをいかに俊敏にたたくかというゲームである。
しかし、このゲームをよく考えてもらいたい。
このモグラは、まれに2匹一緒に顔をだすことがあるが、ほとんどは、一匹のモグラが顔を出したかと思うと、瞬時ではあるが、一定の間隔をおいて次のモグラが顔を出すことに特徴がある。
この一定の間隔があるというところが重要である!
すなわち、一匹のモグラをたたけから、次に顔を出すモグラをたたけたという事実が重要である。
同時に、数多くのモグラをたたくことは、極めて難しいのである。

 

さて、サラリーマン、ビジネスマンが仕事がうまくいかない、あるいは、混乱しているときは、同時に複数のモグラをたたこうとしている。
これは、極めて難しいのである。
私は、先に、「スピードとは簡単なものを処理する速さである」と書いたが、それは、簡単なものの処理にこそスピードの差が生じること、そしてスピード感ある人間として人から認められるためには、簡単なものの処理速度こそ重要であると述べたつもりである。
そして、簡単なものこそスピード感をもってやるもう一つの大きな効果は、問題、課題を同時に横に並べないという効果にある。
私は、ビジネスの現場において、仕事の進め方に迷っていたり、混乱している人や組織を多く見てきたが、等しく、複数の問題、課題を同時に横に並べていることに気がついた。
もちろん、横に並べている数に比例して混乱度が増している。
そして、もう一つ、この混乱している人や組織の共通項は、簡単なものの処理のスピードが極めて遅いということにも気がついた。

 

ビジネスの現場にいる人は、簡単なものの処理を怠ったために、それが大きな問題に発展してしまったという経験をきっと持っていると思う。
たった1本の電話をしなかったために、将棋の歩が金に成り上がるごとく大きな問題となり、その対応にものすごい時間をかけてしまったという人は多いと思う。
「スピードとは簡単なものを処理する速さである」で述べたように、腰を据えて仕上げなくてはならない課題、たった1本の電話をするということ、ともに処理する課題という意味では同じであるということを骨の髄まで理解する必要がある。
そして、問題、課題を同時に並べない方法は、簡単なものをいかに早く処理し、消してしまうかという一点に集約される。
これが、サラリーマン、ビジネスマンの仕事のコツである。

 

仕事は、重要なものから取り組みたいという気持ちはよくわかる。また、われわれは、そう教えられてきた。
しかし、その結果、簡単なものを処理できたなかったとすれば、問題、課題は、横に並んでしまうのである。
また、この簡単なものが、大きな問題に発展する危険性も内在している。
そして、何より精神衛生上よくないではないか。
絶えず、問題、課題を同時に抱えるということは、「あれもやらなければならない」「これもやらなければならない」という状態になる。
非常に精神的に負荷がかかるし、ただでさえ会社に向かう足が重いのに、さらに重くなる。
簡単なものから着手して、問題数、課題数を減らす。同時に複数のやるべき課題を抱えないようにする。
これが、ビジネスマンの仕事の秘訣である。
モグラたたきの感覚が、重要である。

 

 

(参考)『サラリーマンの本質』では、ビジネスマンの仕事のやり方、進め方は、問題、課題を同時に横に並べないということを詳述している。
第一議題「『ピンチのあとにピンチが来る』組織の考察」は、このモグラたたきの要領をいっている。とくにその中の1.「『問題並列解決型』とモグラたたき」を参照願いたい。

 

 

 

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ビジネスマンはいつ答案用紙の提出を求められるかわからない

ビジネスマンと学生との大きな違いの一つは、答案用紙の提出時期である。
学生時代は、答案用紙の提出リミットが決められている。時間内に答案用紙を提出すればいい。
ところが、サラリーマンやビジネスマンはそうはいかないのである。
ここの認識をしっかり持つことが、「絶対に減点されないビジネスマンの守る技術」につながる。

 

上司から、「これをやってくれ」と頼まれる。
それから、一週間も経たないうちに、上司から「あれ、どうなった?」と聞かれる。
これが、サラリーマン社会であり、これがビジネスの現場なのである。
また、こんなこともある。
会社や組織で、ある施策の実行が決定された。
決定から間もないうちに、その進捗ミーティングを実施するという。これもよくある話である。

 

さて、問題はここからである。
もしかして、あなたは、頭の中で、自分で答案の提出時期を決めていることはないだろうか。
自分で提出時期を決めているから、「え?」と驚くのではないだろうか。
しかし、組織の上に立つ人は、だいたいがせっかちなのである。
また、上司をお客、得意先と置き換えてもまったく同じである。
それは、あなた自身が客の立場にあるとき、「まだか、まだか」と思うし、言うではないか。
このように急に答案用紙の提出を求められても、答えられることが、「絶対に減点されないビジネスマンの守る技術」の一つである。

 

それでは、どうしたらいいだろうか?
それには、「まずは、形を作り上げる」という動作を覚えておいた方がいい。
まず、この動作をイメージすると、それは、どの断面で切られても、「一定の答え」ができるようにするということである。
この「一定の答えができるようにする」というのがキーフレーズだ。
この感覚が絶対に必要である。

 

たとえば、もし、あなたが営業部門に所属していたとしたら、新商品のキャンペーンというものが開かれるだろう。
そのとき、あなたは、必ず、早期にその進捗ミーティングが実施されることを予想しなければならない。
そのためには、とにかく、顧客、見込み客を、まず訪問してみることだ。
そして、案の定、進捗ミーティングが開催されたとき、あなたは、席上、顧客の新商品に対する感触を報告すればいい。
立派にパスするはずである。
これが、形を作り上げるということである。

 

また、もし、あなたが建築関係のビジネスに従事し、ある顧客の仕事を請け負った場合は、すぐに、顧客から工程について、すなわちいつ工事が始まり、いつ工事が終わるのかという問い合わせが入ることを予想しなければならない。
ここで精密を期すことは意味がない。顧客の要望は、「早く知りたい」という一点である。
あなたは、関係者と打ち合わせて、工程の概略を話せばいい。この関係者と打ち合わせたというところが、重要だ。
すなわち、顧客に対してあなたは、一つの形を作り上げたことになる。
顧客は、多分、あなたの「関係者と打ち合わせした結果、これこれこうなります」という説明に満足するだろう。

 

以上のことから、「形を作り上げる」には、何かしらの行動が必要となる。
しかし、ここは難しく考えない方がいい。
とにかく何かしらのアクションをとり、行動したという実績を作ることである。
報告書でも同じである。
まずは、「どういう内容にするか」など、あまり考えないことだ。
とにかく、頭にあることを書いて、形にしてみることだ。
そうしたら、あなたは、上司からの問い合わせに立派に答えられるではないか。
「書いてみたら、結構難しいです」と。
その時、上司はきっとこう言うだろう。「そうか、よろしくな」と。
また、万が一、超せっかちな上司から、「報告書見せてくれ」と言われた場合でも、内容的にはまったく不完全でも、そのまま提出すればいい。
上司はこう言うだろう。「うーん。いま一つだな。ここのところ、もう少し肉付けしてくれよ」と。
それから内容的なものに入ればいいだけである。

 

ビジネス社会では、答案用紙はいつ提出を求められるかわからない。
そのときに、白紙の答案用紙を提出することだけは、なにがなんでも避けなければならない。
「まだ、やっていません」「まだ、打ち合わせしていません」「まだ、行っていません」と答えることは、大減点のなにものでもない。
「形を作り上げる」という感覚をぜひ、養ってもらいたい。

 

 

 

 

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お手上げをした人と組織は救われる

お手上げをした組織と人は、意外となんとかなるということを言っている。
タイトルは変だが、サラリーマン社会の一面を示す現象として紹介しておきたい。
こんな現象は、もし、みんさんが管理職だったら、「そんなこと確かにあるよな」と思う人が結構いるのではないだろうか。
前もってことわっておきたいが、決してお手上げ状態となることを推奨しているわけではない。
むしろ、そんなことにならないように努力しなければならない。
しかし、もしお手上げ状態になった場合は、そんな状況を早く上司に、あるいは上部の組織に報告した方がいい。そういう話である。
そして、そうした場合、 意外と、救われるのである。

 

人と組織のケースがあるが、まずは、組織の場合から考えてみよう。
組織がお手上げ状態になる場合は、たいがいが、現在の体制では仕事をこなせないで、にっちもさっちもいかなくなっている場合であろう。
例えば、要員の欠員、要員の経験と能力不足、突発的な事件発生による対応、急にある業務が舞い込んできた場合等がある。
そんなとき、この組織の長が、上部の組織に対して、「今、お手上げ状態である」と申告した場合、その上部の組織はどういう反応を示すであろうか。
確かに、そんな報告はおもしろいはずがない。なんとか現体制で頑張ることはできないかと思うはずだ。
加えて、他の組織でも要員が同じように逼迫しているにもかかわらず、頑張っているのに、なぜできないのかと思う。
しかしである!
日本のサラリーマン社会は、上部の組織は、そんな話を聞いて面白くはないが、それよりは、「なんとかしなければならない」と強く思うのである。
一旦、問題を受け止めた以上は、なんとかしようと強く思うのである。
ここら辺が、日本人のそして日本のサラリーマン社会の極めて真摯なところである。

 

そして、こんな場合、上部の組織は具体的な行動を次々に起こすのである。
まずは、現場の状況を見るということから始まるだろう。現場の職員へのヒアリングも実施するだろう。
並行して、人のやりくりも考えるだろう。
他の組織の人を異動させ、補充することはできないか、当座の応援体制をどう敷くかを考えていくだろう。
要は心配で心配でいられなくなるのである。
その結果、お手上げした組織は、なんとか当座をしのぐことができるのである。

 

これは、人の場合でもそっくりあてはまる。
お手上げをした職員をどう支援するか、組織全体で真剣に考えるのである。
きっと仕事の分担も見直すだろう。
こんな状態を『サラリーマンの本質』では、「みんなでリヤカーの荷物が落ないようにしながら、前へ進むイメージに似ている」と、表現している。
そして、お手上げをした人も、なんとかピンチを防ぐことになるのである。

 

ここで重要なことは、サラリーマン社会では、意外と、お手上げ状態を申告した人や組織は、なんとかピンチを防げるということである。
しかし、一方で、お手上げ状態を申告しなかった人や組織が、ゆくゆくは、大きな問題を引き起こすことが多いというのも現実にあるのである。
こんな話をすると、「そんな非合理な話ってあるか。途中で自力解決を放棄した人や組織が救われて、最後まで頑張り通した人や組織が問題を起こすなんて話はおかしいじゃないか」という人はきっといると思う。
その通りであるが、しかし、現実は、こんな場合が多いのである。

 

なぜだろうか。
それは、『サラリーマンの本質』にも記載したが、会社や組織としての判断は、ある人や組織が、何も発しないで業務を遂行している時、「多分、上手くいっているだろう」と思うからである。
これは、そう判断する会社や組織の方が間違っていると思う。しかし、そう判断するのである。
どこの世界でもそうかもしれないが、特に日本の社会では、「上手くいっている」ということを前提に考えたがる。
その証拠に、よく会社の上の人は、職場を訪ねたり、部下に会ったりしたときに、こんなことを言ってはいないだろうか。
「おい、どうだ。上手くいっているか? 」と。
これは、日本人の口癖のようなもので、挨拶がわりに交わされる。
こんなときに、あなたは、いつもどう答えているか考えてみてもらいたい。
多分、「おかげさまで」とか、「まあまあです」と答えているのではないだろうか。
これで安心する方も安心する方だが、答える方も答える方なのである。

 

つまり、こんな挨拶がわりの「上手くいっているか? 」という問いに否定しなかったり、ピンチの発信をしない限り、上の人と組織は、上手くいっていると考えるのである。
しかし、内情は、火の車になっている人や組織はきっとあると思う。
また、そこをぐっとこらえて、頑張り通す気持ちも痛いほどよくわかる。
だが、ここのところは、よく考えてもらいたい。
前述したが、日本のサラリーマン社会は、極めて真面目な集団である。
ピンチの信号が発せられた場合は、組織ぐるみで真摯に解決に向かうことを忘れてはならない。

 

自分や、組織は精一杯の努力を払わなければならない。
しかし、それにもかかわらず、ピンチに陥った場合は、早めの信号発信も必要なのである。
そして、加えて言うならば、『サラリーマンの本質』で強調したが、上の人は、あまり「上手くいっているか? 」と聞かないことである。
それよりも、「多分、現場は苦労しているだろうな」「上手くいっていないことが多いのではないか」と思う気持ちが必要である。

 

 

(参考)『サラリーマンの本質』は、この問題を一つのテーマとして掲示している。詳しくは、第三議題「組織への間違った指導」の中の2.「上手くいっているより、上手くいっていないが大切」を参照願いたい。
また、「上手くいっている」より、「上手くいっていない」が大切は、『サラリーマンの本質』のコンセプトの一つである。

 

 

 

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完璧主義より完結主義

サラリーマンの仕事の進め方は、一言で言えば、完結主義である。
実は、このことは私自身も長らくわからなかった。
学生時代とサラリーマンになってから違いは何かとよく話題になることがあるが、その大きな違いは、給料をもらっているか否かの差である。
「給料をもらっているのだから、仕事はしっかりとやらなければならない」と考える。学生時代は、70点でも80点でも単位が取れたが、サラリーマンとなってからは、「そうはいかないんだろうな」と誰しも考えたはずだ。
そしてその発想から生まれるのが完璧志向である。

 

ところが、いざサラリーマンになってみると、どの仕事をとっても、何が完璧なのかわからなくなる。
学生時代は、限られた答案の中での勝負であるから、完璧の出来というものは当然ありうる。全問正解、100点という世界である。
しかし、サラリーマン社会では、どの仕事をとっても、点数をつけるのはなかなか難しい。
確かに、出来栄えのいい仕事とそうでない仕事、よくやった仕事とそうではなかった仕事と区分けはつけられるかもしれないが、とてもとても点数で表すことはできない。

 

それならばと思い、報告する資料に完璧を期そうとする人も多いはずだ。私もそうだった。
wordのちょっとした、文字ずれに神経を尖らしたり、表現が適切か、誤字脱字がないか、何回も見直す。
それはそれで、手を抜いた仕事よりもよっぽどましだが、よくよく考えれば、点数がないものにチャレンジしているのである。
もちろん、「素晴らしいレポートだ。これは相当に時間をかけたんだろう」「あいつはいい加減な男ではないな」というプラス評価は、当然もらえるだろう。
しかし、その評価のために、莫大な時間をかけているのだ。
私は、前にこのブログで、「ほどほども肝心」を書いた。
その中で、完璧を期そうとすればするほど、詰めの段階、細部のチェックに、今までにかけた時間以上のものをかけることになるということを書いた。

 

そして、ある時期を境に私は、完璧さを追い求めることをやめたのである。
それは、サラリーマン社会では圧倒的に早さが重要であることを身をもって知ったからである。
なぜ、サラリーマン社会では、圧倒的にスピードが重要なのかは、拙著『サラリーマンの本質』をお読みいただくことにして、 ここでは、仕事の「完結」というものを考えてみたい。

 

『サラリーマンの本質』では、1つの仕事、1つの課題を自分の手から離すことを「手離れ」と表現した。
まさに、自分の手から、やるべきことが離れていく状態を指している。
この「手離れ」は、一つのやるべきことが終了した、すなわち完結したということを言っている。
ここで注意しなければならないことは、この「手離れ」=「完結」したという状態である。

 

仕事の完結は、平たい言葉で言えば、「もうこの問題とはおさらばですよ」ということだが、世の中、この完結が上手くいかない人がいる。私もそうだった。自分では、完全に手を離したつもりだったが、もう一度、問題がぶり返したりする。
例えば、お客に対して、しっかり質問に答えたはずなのだが、またお客から問い合わせを受けてしまうということがある。
また、社内でも、「これから先は、おたくの部署でやってよ」とボールを投げたつもりなのだが、ポールを投げられた方には、そんな自覚がなく、「あれ、どうなった。待ってるんだけど」とか、「そっちがちゃんとやってくれないから、こっちは進まないんだよ」と言われたりする。
「あれ?」と叫びたくなるが、よくよく考えてみると、こちらにも落ち度がないわけではない。
確かに、「お客にはっきり、言い切り方で伝えなかったな」とか、他部署にボールを投げた時も、「曖昧な投げ方をしたな」と思い当たるフシがあるのである。

 

ここが肝心なところだ。
『サラリーマンの本質』で述べたが、私は、サラリーマンの仕事の極意というものは、いかに1つ1つの仕事を完結させて(「手離れ」させて)、一度に多くの課題を抱えないことにあると考えている。
『サラリーマンの本質』では、多くの仕事を並行して進める仕事のやり方を、「問題並列解決型」と名づけ、「ピンチのあとにピンチが来る」元凶としている。
ところが、自分は完結したと思っていても、相手がそうは思っていなければ、また元の木阿弥に戻ってしまう。
ここは、気をつけなければいけないところだ。

 

そう、完結するときは、完璧に完結し、「手離れ」するときは、完璧に「手離れ」させなければならないのだ。
そう思うと、念には念を押す確認という動作が必要になるかもしれない。
お客さまに対しては、「これが、お客さまからお問い合わせいただいた回答です」とはっきり言い、もし、資料があるのなら手渡して完了しなければならない。
社内だったら、「これがうちの部の見解です。それをまとめましたので、そのレポートを提出します」とはっきり言わなければならない。
すなわち、完結すべきところは、余韻を残さない形でしっかりと完結しなければならないということだ。

 

さて、本題に戻り、完璧主義それは、多分内容の完璧さを意味するものであるが、それよりは、正確に表現するならば、そのために時間をかけるのならば、圧倒的に早さを優先すべきである。そして、本題で述べたように、しっかり完結すべきである。
つまり、サラリーマン社会では、完璧主義より、圧倒的に完結主義が大事ということになる。

 

 

 

(参考)『サラリーマンの本質』の最大テーマは、「手離れ」(ここでは完結)といっても過言ではない。
サラリーマン社会で苦境に陥る人は、等しく、「手離れ」が不得意な人である。ここから仕事の混乱が生まれ、悩みも生じてくる。トラブルも必ず生まれてくる。そして、成果もおぼつかない状態になる。
しかし、その解決方法は存在する! 詳細は、『サラリーマンの本質』を参照願いたい。

 

 

 

 

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多くはやり足りていない

サラリーマン社会では、色々努力をしたにもかかわらず結果が出ないことがある。
これは組織でも人でもよくある話だ。
その時、「なぜ、結果が出ないんだろう」と悩む。
もちろん、やり方の問題もある。やり方もチェックする必要がある。
こんな時、やり方も含めて、組織でも人でも、やったことを全部書き出すことが重要だ。
そして、書き出した紙を見て、「あっ」とわかることがある。
この「あっ」とわかる状態を組織や人が感じたならば、組織や人は、結果に向けて邁進していく。
この「あっ」は、多くはやり足りていないということに気づいた時に出る気づきである。

 

例えば、新商品販売のキャンペーンがあったとする。
あなたは、この新商品の販売前に、販売店をグルグル回った。朝から晩まで回った。
ところが、販売が開始されると、思ったように結果が出ない。「あれほど回ったのになぜだろう」と思う。
そんな時、自分がやったことを紙に書いて整理してみる。
もしかしたら、あなたは、朝から晩まで販売店を汗水たらしてグルグル回ったことに酔っていたのではないだろうか。
販売店の立場に立って、販売店がお客に説明する際のパンフレットの内容、量とも十分だったろうか。また、そもそも販売店自体への説明も十分だったのだろうか。わかってくれたのだろうか。中途での電話等でのお願いやコミュニケーションを取っただろうか。
考えてみると、販売店全体を集めて、会場を借りて説明会を実施すべきだったのかもしれない。
また、あなたは、販売店を精力的に回ったと言っているが、もしかすると、馴染みの販売店、行きやすい販売店を回っただけで、つながりの薄い販売店や、行きにくい販売店への訪問は疎かになっていたのではないだろうか。
社内での体制はどうだったんだろうか。あなたの補助者である女子職員自体もこの新商品とキャンペーン内容を熟知していたのだろうか。
電話での受け答えもどうだったんだろうか。ニュース等の情宣活動はどうだったんだろうか。社内での説明会も実施すべきだったのかもしれない。

 

こんなことを、考えていくと、多くはやり足りていないということに気づく。
これは、あなたが管理部門に在籍するときも同じだ。あなたが施策を考え、通達まで出状し徹底を図ったつもりなのだが、全然、組織に浸透していない。そんな時、あなたは、社内での説明会をしっかりと開催したのだろうか。あるいは、組織ごとへの説明会が必要だったのかもしれない。
色々な組織の人に電話をして、現場の生の声を聞くべきだったのかもしれない。
それを、通達1本、部長会での説明で浸透すると思っていたこと自体が間違いだったのかもしれない。

 

物事不思議なもので、逆に、「あれはできていないな」「これも不十分かな」と色々な対策が頭に浮かぶときは、意外に結果というものが現れてくる。
これは、そう考えること自体が、結果を求めていることにほかならないからである。
そして、色々な対策がある一点を越えると、結果というものは、どっと現れてくる。この一点に達するまでは、結果というものは現れてこないが、この一点に達すると、一斉にどっと現れるのである。
すなわち、ここでの表現を使えば、「やり足りている」ということになる。

 

私の先輩の話を紹介をしておく。
私の先輩と先輩の上司が、ある会場で待機していた時の話である。
その会場は、ある大きな企業の会議室であり、その日に、その企業が指名発表を行うために用意された会議室である。もちろん同業者も多数待機していたという。
指名獲得のために、各企業とも、様々なプレゼンや説明会、訪問、折衝を続けたという。
指名発表を待っている間に、上司が言った言葉を私の先輩は一生忘れなかったという。
その上司は、「A君、我々がやり残したことは本当になかったんだろうか」と言ったという。
これである! この上司は、「やり足りていたのだろうか」と、聞いていたのである。
重要なことは、こう考えること自体がやり足りていることを示していることではないかということだ。そして、目出度く指名を獲得したという。

 

さて、この「やり足りていない」「やり足りている」という感覚は、人から言われて気づくものではない。
自分が感じ、掴むものである。
また、この感覚は、営業部門で言えば、常に営業の原点になっている。営業で成果を上げられる人とそうでない人との差はこの感覚を持つか否かの差である。
世の中では、社を挙げて、また組織を挙げて、新規獲得! 提案営業! 紹介営業! と言う。また、そのやり方を著した本も多い。
しかし、やる人は、そのことを形式的にはやるかもしれないが、自分のものになっていないから長続きはしないし、営業そのものが嫌になってくる。
そうではない! この「やり足りていない」「やり足りている」のように、営業は自分自身が目標に向かう姿をイメージすることから始まる。
実は、この点も、拙著『サラリーマンの本質』の大きなテーマの一つとした。詳細は参考願いたい。

 

 

 

 

(参考)「営業とは何か」を自分の感覚で掴まない限り、営業で成果を上げることはできない。この感覚を掴めば、人から言われることなく自分自身で目標に向かっていく。成果を上げていく。
『サラリーマンの本質』第六議題 「営業の本質」を参照願いたい。

 

 

 

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仕事はできる人に集中する

サラリーマン社会には、これは、誰が考えても真実だと思えることがある。
その一つが、「仕事はできる人に集中する」である。
これは、考えてみれば当然のような気がする。しかし、ここでの論点は、そこではない。
仕事がよくできるという人は、たいがい、仕事を多く抱えている。その人に、また新たな仕事が加わる。しかし、この出来る人は、またやってしまうという真実である。
なぜだろうというのが、ここでの論点である。

 

サラリーマン社会では、新たな仕事が組織に加わるときは、それが、些細な仕事だったら、上司は悩まず、瞬間的に担当を決めてしまうが、重要な仕事だった場合は、上司は、頭をひねる。誰に頼もうかと迷う。
その時、いの一番に考えることは、部下の仕事の立て込み状況である。「あいつに頼みたいが、ちょっと手一杯だな」「あいつは、まだまだ余裕があるが、ちょっとな」と考え悩む。考え悩んだ挙句に、結局、仕事ができるA君を呼ぶ。
「ちょっと、この仕事やってもらえないか」と依頼する。
ここがサラリーマン社会の不思議なところだが、この仕事のできるA君は、手一杯のはずなのだが、「わかりました」と即答するのである。
仕事を多く抱えている人こそ、「わかりました」と即答するのである。
これが、仕事ぶりがいまひとつだなと思っている人だと、色々理屈をこねる。「今、課長の指示で、この仕事をやっているんですよ。もう私は手一杯なんです」と言う。不思議なものである。

 

そして、それよりも不思議なことは、1日の労働時間は、等しく平等なはずなのに、なぜ、A君はまたしても、新たな仕事をこなし、仕事ぶりがいまひとつと言われている人は、手一杯のまま、新たな仕事を受け容れる余裕がないのであろうか。
これを生産性の問題と一言で片付けることは簡単だが、それでは、なぜ生産性に大きな差がつくのであろうか。
ここでまた、能力の差と言ってしまえば、確かにそうだが、なぜ、そんなに大きな差がつくのであろうか。
じっくりと考えなくてはいけないところだ。

 

それならば、もっと細かく、集中力の差と言う人がいるかもしれない。
これは、結構あたっているような気がする。職場の仲間と雑談したり、電話をかけ合ったりして、ダラダラと1日を使い果たす人と、業務に集中している人と両者が存在していることは間違いない。
確かに、仕事の中断が少なく、仕事に没頭している人がいる。顔つきも違う。こう言う人は、たいがい仕事ができる人だ。そして多くの仕事を抱える人だ。もしかしたら、多くの仕事を抱える故に、仲間と雑談したり、電話をかけ合っている暇がないのかもしれない。
だから、また新たな仕事が加わっても、さらに仕事への集中力を高めてやってしまうということではないだろうか。これが、この問題の解答の1番目である。
もちろん、新たな仕事をまたやってしまう人には、上司や会社の期待に応えたいという思いが背景として存在していることは間違いがないと思う。
そのために、現実には、仕事を家に持ち帰ったり、土日出勤する人もいるはずだ。
しかし、それでも新たな仕事を限られた時間の中でこなすということは、集中力にさらに磨きをかけているはずだ。

 

さて、ここからが本題であるが、私は、解答2があるような気がしてならない。
この答えも集中力と言ってしまえば、そうかもしれないが、こういう仕事ができ新たな仕事をまたこなしてしまう人には、1つ1つの仕事の「完結力」があるような気がしてならない。
1つの仕事、あるいは1つの仕事を構成するパーツパーツの完結力が高いのではないだろうか。
完結力が高いということは、まず、仕事の後戻りがない。このことは大きい。仕事が停滞するときは、必ず、行ったり来たりして、なかなか1つの仕事を完結できない時だ。
みなさんも、レポートを仕上げている最中に電話が鳴り、ちょっとその電話対応で席を離して、またレポート作成に取りかかった場合、かなり仕事自体が後戻りしていることを経験しているはずだ。前を読み返してみて、また取りかからなくてはならないからだ。筆のスピードもなかなか元に戻らない。

 

要は、完結力が高いということは、次の仕事や課題に進めるということである。また精神的な区切りをつけやすい。これも次の仕事に進む重要なファクターとなる。
こういうことを考えてみると、1つ1つの仕事の完結を図りたいから、仕事に集中するのではないかと思えてくる。集中しなければ、完結ができないし、遅れるからである。
仕事ができ、また新たな仕事をこなしてしまう人は、集中力そして完結力を持っているのではないかと考える。
実は、この点を、拙著『サラリーマンの本質』の大きなテーマの一つとしている。
下記を参照いただきたい。

 

 

 

 

(参考) 『サラリーマンの本質』で一番人気が高かった言葉に「手離れ」という言葉がある。
第一議題「『ピンチのあとにピンチが来る』組織の考察」 3.「手離れ」を早くという項目で使った言葉だ。
ここでは、1つ1つの仕事の完結力を「手離れ」という言葉で表現している。そして、「ピンチのあとにピンチが来る」組織や人の特徴は、この「手離れ」が遅いこと、すなわちここでいう完結力が不足していることを述べている。
参考にしていただきたい。

 

 

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追い込む動作

「追い込まれる動作」「追い込まれない動作」というものを書いた。そこには必然的に「追い込む」主体が存在している。
今回は、その「追い込む動作」というものを考えていきたい。
ここでの着眼点は、「追い込まれる」側は、必ず、「追い込む」側から、督促や確認を受けているということである。
逆に言えば、督促や確認を受けているから、「追い込まれる」という状況になる。
我々は、どうやら、「追い込む」側の研究もしなければならない。そして、どうしたら自分に有利に仕事を展開できるかということも考えなければならない。
それが、今回のテーマである。 「追い込む」という言葉はあまりいい言葉ではないが、仕事ができるという人は、みな実行していることである。

 

それは、皆さんも薄々感じていることだと思うが、朝の時間帯の活用にある。
サラリーマンの朝は、勝負の時でもある。一斉に社内外から電話が鳴る時でもある。
それは、よくよく考えてみれば、当たり前のことかもしれない。みな、頭が冴えている朝に、「あれはどうなったのか」「あのことを確認しておこう」という気持ちになるからだ。また、前の晩、自宅に帰り、ふと、「そういえば、あのことは、どうなっているのか」と思い、忘れないうちに電話をかけるということもよくあるからだ。
しかし、よく職場を見渡してもらいたい。
電話を一方的に受ける人と、電話をかける人との両者が存在していることを。
みなさんも経験があることと思うが、こんな電話対応を実施しているうちに、あっという間に午前中が終わってしまう。そして時計の針を見て、「もう11時半だ。食事に行って、午後からの仕事に取り組もう」と考え、モヤモヤ感を持って、仲間と連れ立って食事に出かけるのだ。

 

一方、電話をかけまくった人は、午前中にあらかた確認を終え、充実した気持ちになっている。
そして、午後の時間を、自分の仕事に専念しようと考えている。
この差は、あまりにも大きいのではないだろうか。ここには、攻撃に回った側と防御に回った側との大きな差がある。また、自分に有利に展開した側とそうでない側との大きな差がある。
そして重要なことは、サラリーマンの1日は、この午前中の早い時間で戦いの決着がついてしまうということである。この差が、毎日毎日続いたとしたならば、途方もない大きな蓄積の差となっていく。

 

「そんな話簡単じゃないか。自分も明日から、朝、電話をかけまくって、自分に有利に展開する」と言う人がいるかもしれないが、そういう気持ちを持つことは非常に大切だが、現実には、意外とできないのではないだろうか。
それは、朝を試運転として慣らしている人と、朝を勝負の時と考える人との歴然とした蓄積の差があるからだ。
何が違うのであろうか。
ここを解明することは非常に難しいことだが、朝、職場に立つ時の、「目的」の差にあるのではないだろうか。
「今日、これだけは解決してやる」「今日は、こういうことをやる」という「目的」を持っていることが、「そうだ、そうだ、あの件は聞いたままだったな」とか、「あの件が片付かないと、これは進まないな」ということにつながり、電話確認という動作になるのではないだろうか。
また、「目的」を持ってデスクに座った時に、そのことを思い出すのではないだろうか。
この「目的」がないと、「自分から電話をかければいいんだろ」という気持ちになっても、そうはいかないということを示しているのではないだろうか。
もちろん、それ以上に、大きな「目的」を持っている人もいる。「オレはこの職場で一番と呼ばれたい」「いい評価を受けたい」「出世したい」という「目的」が、朝、その人を動かす場合もある。

 

さて、この朝の時間の使い方は、みなさんもビジネス書を読んで感じているかもしれないが、多くの書でも言われていることでもある。
このHPで紹介した『営業の神様』ジョー・ジラードの朝の身構え、確認、集中というものはすごいものがある。また、『ワン・シング』でも目標に向かう際の、朝の時間の重要性が記述されている。
そう、我々は、それは、わかっているのだ。わかっているけれど、なかなかできない範疇に属する。

 

私は、ジョー・ジラードのようなスーパーマンにはならないまでも、この朝の、「目的意識」というものを、まず持つことが先決だと思っている。
そこから、自然と朝の時間帯の活用が変わるはずだ。
人は、人から言われたことからでは、なかなか変われない。自分が感じ取らないとなかなか変われない。そして、自分が自然に感じたことから変わっていく。この自然に感じるということが必要であると思っている。拙著『サラリーマンの本質』も、「ああしろ」「こうしろ」とは決して言っていないつもりである。コンセプトは、「本当はこういうことではないのか」「こんなことではないのか」と気づいてもらうことに主眼を置いている。

 

本題に戻ろう。
なんでもいいから、1日の仕事の「目的」を決める。その「目的」は、1つでも全然構わない。そして、その遂行を考えてみる。
この遂行をイメージするということが重要である。
すると、遂行をイメージすると、何かしらの確認事項が出てくるのではないだろうか。
これを朝、確認するということからスタートすることが出発点として現実的な気がする。
これは、課題を前に前に進めている状態にほかならない。この前に前に進めている状態を感じる自分の気持ちというものが非常に重要である。
社内に対しては、「先日、頼んだ仕事、できている? え、まだ? 今週の水曜日までには仕上げげくれよ」と言って、電話を切る。
社外に対しては、「先日、お持ちした書類でご不明点はなかったですか。ご不明点がございましたら、いつでも言ってください」と先制攻撃をかける。
なにか、それだけでも、気持ちが清々しくなってくる。そう、前に前に、先に先に進めているからだ。
そのうち、もっともっと先のことまでも、確認し出すに違いない。
社内には、「9月に予定されている会議だが、日程決まっている?9月15日がいいな」と電話をかける。社外には、「10月にお客さまのご契約は満期を迎えますが、事前に更新のご説明にお伺いしましょうか」と電話をかける。
思考が前に前に、向かっているから、心の余裕も生まれてくる。そして先に先にと向かっているから、どんどん仕事がはかどっていく。
そして重要なことは、これこそが、自分に有利に展開しているということなのである。
また、「目的」を持つことが、メッセージ発信につながっていることを頭に入れてもらいたい。
まずは、1日、1つの「目的」を持つことから出発してもらいたい。

 

 

(参考)人は、人から言われたことからでは変われない。自分が、感じ取ったことから変わる。
『サラリーマンの本質』は、「ああしろ」「こうしろ」ではなく、感じ取っていただくことを目的にしている。

 

 

 

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追い込まれない動作

先日、「追い込まれる動作」を書いたが、今回は逆に、「追い込まれない動作」というものを説明したい。
ぜひ実行してもらいたい重要な動作がある。この動作を実行すれば、あなたは追い込まれることはない。
実は、ここでの話は、私の経験からの話である。前もってことわっておくと、これは私の自慢話でもなんでもない。私自身が追い込まれ、その状態をどうやって脱出したかという話である。 辛抱して聞いてもらいたい。

 

私は、入社2年目で営業の最前線に出た。私自身も不安であったが、それ以上に不安であったのは、私が担当することになった得意先であった。
私はひと通りの引継ぎを受けたあと、いよいよ一人で得意先を回ることになった。
そこで遭遇したのは、私が入社2年目であることを知った得意先の不安の顔だった。
得意先を回ると、私の到着を待ちわびていたかのように、様々な質問や問い合わせが私に浴びせられた。
その質問のいくつかには、研修で学んだ知識で答えられたが、ほとんどは、やはり、その場で答えられないものだった。
私は、「社に戻り、調べてご返答いたします」とお決まりの言葉を使い、得意先を辞した。
ところがである。社に戻り、得意先から受けた質問を先輩たちに聞こうと思っても、先輩たちは忙しく働いており取りつく島がない。とても声をかけれる雰囲気にないのである。私は、先輩たちの仕事の区切りがつく瞬間をただただ待ち続けた。遅くまで会社に残り待ち続けた。
やっと、先輩たちの区切りがついたのを見て、得意先から受けた質問をすると、「もう遅いし、そんなことより飲みに行こうぜ」と言われることもしばしばあった。そして私は質問した手前、飲みに付き合うのだった。
こんなことが毎日続くと、さすがに疲れたというよりは、得意先からの質問にまだ答えられていないことが頭に残り、精神的な負担が重なっていった。
もちろん、得意先からの催促の電話があることは言うまでもない。毎日毎日が焦りの日々であった。そう、私は追い込まれていたのだ。

 

そんな中で、私は苦肉の策を考え出した。
それは、「どうせ会社に戻っても、先輩たちにろくろく聞くことができない。それならば、いっそ得意先から、本社の管轄部署に電話をしたらどうであろうか」と。
しかし、この決断はなかなか勇気がいるものだった。管轄部署の人から、「え?そんなことで電話してきたんですか」「そんなことは、支店の人に聞いてくださいよ」と言われやしないかと思ったからだ。私が答えられない質問は、ほとんどが基本的なものだったし、やはり本社の管轄部署というのは、聞くにはハードルが高かったのである。
また、支店に戻ったら戻ったで、私が本社に電話をしたことが何かの拍子でわかって、先輩たちから、「お前、そんなことで本社に電話するなよな。恥ずかしい」と言われやしないかと恐れた。

 

しかし、私は、この策を実行するしかなかった。迷いに迷った上で実行した。そこまで追い込まれていたからだ。
得意先から質問を受ける。
私は、「ちょっと、待ってください。いま、電話で本社に問い合わせしますから」と答える。
ここで驚いたのは得意先の方である。「え?いいよ、いいよ。そんなことしなくても。そんなに急ぐんじゃないんだから」と多くの人が言った。
しかし、私は、ここで本社に電話をしなければ、回答が絶対に遅れるということ、追い込まれることがわかっていただけに実行した。
「○○支店の△△と申します。ちょっと教えていただけないでしょうか」と電話をする。
確かに、本社の人の何割かは、「え?」という反応があったが、多くは、教えてくれた。
その中でわかったことだが、本社の人も即答できないケースも相当あったことだ。
私は思ったのである。本社の人が即答できないものを支店に持ち帰って聞いても、いたずらに回答を引き延ばすだけだったんだなと。

 

さて、ここで重要なのは得意先の顔である。
得意先自身が、なにかおどおどしている。得意先は、営業担当を通じていろいろ回答を聞くものだと思ってはいるものの、その舞台裏をいきなり見せつけられたという感じだった。
そして、必ず電話器の横で、「△△さん、いいよ、いいよ、そこまでで。」と、手を大きく横に振りながら言うのである。
私は、この方法で、追い込まれることから脱出した。当然のことながら、支店に戻っても、返答のために調べるという作業が激変した。精神的にも解放されたのである。会社を辞めようとまで思い込んでいた状態から脱出したのである。

 

話が長くなったが、私の体験から言いたいことは1つのみ。
質問や要望や問い合わせを受けたときは、出来うる限りその場で処理するということである。
確かにその場で処理できないこともある。その場で完結できないこともある。それでも、人は、こうした処理をしている動作を見て安心するのである。 ここが重要である。
今から考えると、入社2年目の私を迎えた得意先の不安の顔は、「この人、ちゃんと処理してくれるんだろうか」という不安の顔であった。
すなわち、質問や要望をしたはいいが、その先は依頼主にはまったく見えない。このまったく見えない進捗状況に対する不安がつきまとわった顔だった。

 

ここからが、問題の核心である。
依頼主は、質問や要望をしたが、その先の進捗状況がわからないから、督促の電話をするのではないだろうか。クレームをつけるのではないだろうか。
それならば、いっそ、「見える化」すれば、督促の電話やクレームが止まるということではないだろうか。
自分が見ているもの、知っているものに、督促やクレームなどつけるはずがないからである。
すなわち、相手に進捗状況を知ってもらえば、「見える化」すれば、追い込まれることはないということになる。

 

追い込まれるということは、追い込む相手がいるということだ。
そして、追い込む人から見れば、自分が見えないものに対する不安から、追い込むのではないだろうか。
それならば、処理している状況、対応している状況を見てもらえば、知ってもらえば追い込まれないということになる。
ぜひ、私が苦労した経験を参考にしてもらいたいと思っている。

 

 

 

 

(参考)拙著『サラリーマンの本質』の全体像は、「追い込まれている人」の対処法を記述したと言っても過言ではない。
「追い込まれている人」はどのようにして、追い込まれないようになるかを具体的に記述したつもりである。
詳細は、第一議題「『ピンチのあとにピンチが来る』組織の考察、第二議題「現場への指導は三つのみ」を参考にしていただきたい。

 

 

 

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