外資系コンサルと読者との差は著しく縮まっている

前もってことわっておきたいが、これは外資系コンサルへの批判ではない。むしろ、外資系コンサルの方に知っておいてもらった方がいいという気持ちで書いたつもりである。

『大前研一と考える 営業学』
を読んで、気になったことがある。
本の内容は、プロフェッショナルな営業を目指せというものだが、その中に出てくる一般の営業担当者の像について気になった。
本の中の営業担当者像は、いつも顧客からの値引きに応じ、短期的な視野しか持たず、顧客本位より会社や自己を優先しているようなトーンで書かれていたが、「いったい、いつの時代の営業か」と、きっと多くの読者は思ったはずだ。

 

確かに、そうしたことは、完全になくなっているわけではない。しかし、今の営業社員は、定期的にコンプライアンス研修を受け、顧客第一主義というものを教えられているのである。
また、顧客ニーズをつかむための教育、研修を受け、現場でも実践しているはずである。
さらにはマーケット分析を実施している企業や組織も多いはずである。
売り上げ目標は、確かに毎月の締切りが存在するから、短期的な視点が重視されることは事実だが、それでも、年初には年度計画を立てている。四半期目標もある。そして、中期計画を策定している企業も多いのである。
それでは、顧客主義、マーケット分析、長期的な視点が、現場で完全に定着しているかと聞かれれば、そうでない面があることも事実であるが、昔の営業社員と今の営業社員の頭にあるもの、軸になっているものも相当変わっていることも、また事実なのである。

 

つまり、この本の中身がどうだという話ではなく、対象としている像(営業担当像)がものすごく古いのである。
これは、この本を書いている大前氏をはじめとする著者5人がほとんど営業経験を持たないためかもしれないが、現実の営業社員と、この本の中で見える営業社員像とは、相当なギャップがあると思うのである。

 

一方、外資系コンサルの本は、どうかというと、どの本を読んでも内容自体はほとんど変わっていない。
必ずといってよいほど、「仮説を立てる」「原理原則」「フレームワーク」「ベストプラクティス」「PDCAを高速で回す」「頭に汗する」「期待を上回る」………と、お決まりのキーワードが出てくる。
なぜ、変わっていないのかというと、「普遍性」があるからだと彼らは言う。

 

そして、ちょっと嫌な気持ちになるのは、「コンサルの世界では………」と書かれることが多いことである。これでは、まるで、コンサルタント会社やコンサルタントが考えたことが絶対正しくて、「あなた方は、そんなこと知らないでしょ」と言っているように思えてしまうのである。
読者を諭すような口調を感じてしまうのである。

 

しかし、自分たちの理は、「普遍性」を貫いても一向にかまわないと思うが、読者側は、相当に変わってきているということを見落としているような気がするのである。
PDCA一つとっても、今や知らないサラリーマンなどいない。いや、PDCA自体は相当古く企業で言われ、今では、あまりそんなことをいう企業はないのではないだろうか。
また顧客の期待を上回るなどの言葉も、相当以前から企業では言われてきた。顧客に「卓越した解を提供する」などと言っている企業も多いのである。

 

外資系コンサルが書いた本の中で、ときどき、現場への提案のようなものがでてくるが、読者は外資系コンサルらしい自分たちが気がつかない革新的なものを求めているにもかかわらず、「え? そんなこと?」と、現場にいる人なら誰もが考えつきそうな内容が書かれていることも多い。
これも、現場の進歩というものを、知らないからではないかと思う。

 

確かに、以前は、外資系コンサルの本が出てきたとき、多くの読者は、いままで耳にしなかったようなカタカナ言葉や、言い回し、キーワードというものを知った。そして洗練された世界を垣間見た。
しかし、そのカタカナ言葉も、今は、色は褪せている。本でカタカナで書かれてある言葉を、瞬時に頭で英語に変換し、英語の意味合いとは少し違うなと思う時代なのである。
多くのビジネスマンや学生がスマホで英文の記事を見る時代なのである。TOEICの点数も、相当高得点でないと満足しない時代なのである。
余談だが、私は、先日、何人かの若い人に、「イシューって、知っている?」と聞いたことがある。
外資系コンサル出身者である安宅和人氏の名著『イシューからはじめよ』が頭にあったからである。
そうすると、若い人たちは、「問題、争点ですよね。それがどうかしました?」と怪訝そうな顔をした。

 

また、外資系コンサルの方は、一度、アメブロなどで、ネットビジネスをしている人や起業した人のブログ記事を読んだ方がいいと思うのである。
そこには成功哲学が書かれてあることが多い。その内容を読むと、下手なビジネス書作家顔負けなのである。

 

つまり、外資系コンサルは、いつまで経っても、自分たちと読者との差が一定間隔あると思っている。
しかし、今まで書いてきたように、実態は著しく縮まっていると思うのである。

 

だが、外資系コンサルの方には、圧倒的に一般人と異なる能力がある。
私は、それは、問題分析力だと思うのである。まさにイシュ―の把握である。
これは、到底まねできるものではないと思うのである。圧倒的な論理構成力の差を感じるのである。
私は、先に紹介した安宅和人氏の『イシューからはじめよ』と照屋華子・岡田恵子氏の『ロジカル・シンキング』(ともにブログで紹介済)を読み正直、「餅は餅屋に任せた方がいいな」と思ったくらいである。

 

また、私は、ビジネスパーソンに役立つ視点から「おすすめのビジネス書ランキング」というものを作っている。
見ていただくとわかるように、そこには、前述の『イシューからはじめよ』、『ロジカル・シンキング』をはじめ外資系コンサル出身者の本を高く評価している。
それは、やはり、内容的に得るものが大きいと思ったからである。

 

さて、外資系コンサル出身者が書いたビジネス書は、今後も出版され続けるだろう。
これから読者側は、きっと自分たちの変化にどれだけ、本の中身が変化しているかを確認するのではないかと思うのである。
「また同じことを言っている」では、やはり、あきられてしまうと思うのである。
そんなことを注目していきたいと思っている。

 

 

 

綾小路亜也のビジネス書
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企業で働く 営業女子が輝く35のヒント

サラリーマンの本質

 

 

 

ビジネスマンは十種競技のアスリートのようなものである

私は多くのビジネスマンは、陸上競技―その中でも十種競技のアスリートのようなものだと思うのである。
多くのビジネスマンは、「100mも走れば、400mも、1,500mも走る。走り幅跳び、走り高跳びもやれば棒高跳びもやる、その上、砲丸投げ、やり投げをこなし、110メートルハードルもやる」アスリートに似ていると思うのである。
この十種競技のアスリートのようなビジネスマンの性格が、外資系コンサルタント出身者が書いた本の読後感を決めていると思うのである。

 

たとえば、営業部門に配属されたビジネスマンの1日を見ると、ざっと、下記のような感じではないだろうか?
出勤すると、すぐメールをチェックする。その後、ミーティングを済ませ、得意先に電話をかける。得意先からもじゃんじゃん電話がかかってくる。社内からの電話も多い。電話応対をひととおり済ませ、慌ただしく得意先の訪問に向かう、昼食を途中で取り、午後も得意先訪問をする。そして会社に戻る。帰社後、上司への報告を行い、今度は、要回答文書の作成などに取り組む。夕刻は、会議に参加する。会議終了後、得意先との接待に向かう。

 

要は、1つだけの行為をしていないのである。
ミーティング、会議に参加したかと思えば、もちろん、営業活動もする。営業活動をしたあとは、報告もすれば、文書作成もする。その上、接待までこなすこともあるのである。
それだけではない。多くのビジネスマンは、営業部門で働いているが、それだって、3-4年に1度は転勤もあるのである。その上、営業から内勤、内勤から営業というように、さまざまな職種を経験するのである。

 

これが、多くのビジネスマンの実態である。
1日を振り返っただけでも実に多くのさまざまな異なる種類の仕事をこなしている。
また、長い年月を振り返ってみると、多くの職務を経験している場合が多いのである。
そして、重要なことは、このさまざまな仕事の「総合点」で、ビジネスマンの評価が決められており、また一定期間のさまざまな職務の実績から、昇進、昇格が決められているのである。
だから、私は、ビジネスマンは十種競技のアスリートのようなものではないかと思うのである。

 

そんな感じで、外資系コンサルタントの本を見ると、なにか、100メートルなら100メートルと特定種目のスペシャリスト向けのような気がするのである。
確かに、前に紹介した『ロジカル・シンキング』『イシューからはじめよ』を読むと、さすがにこれは、一般のビジネスマンには真似できない専門性というものを強く感じる。
多分、これらの本は、「普遍性」があるロジックとして、一般のビジネスマンも対象にしていると思うが、実際、これらの本を理解し、実務に活かせる人は、企業の中で、企画などを専門に行っている部署の人、あるいは特定の問題解決のプロジェクトチームに参加している人など、かなり限られてくるのではないかと思うのである。

 

その意味で、『ロジカル・シンキング』や『イシューからはじめよ』は、特定種目のビジネスマンに参考になることは間違いない。
それは、やはりその道のプロフェッショナルが、その道のことを正しく教えているからである。
しかし、ちょっと気になるのは、外資系コンサルタント出身者が、コンサルタントの世界の話を一般のビジネスの世界にあてはめようとする場合である。
正直、この場合は、ガクンと現実への適用度というものが落ちてしまう。
それは、考えてみれば当たり前で、彼ら自身が言うように、それは「外資系コンサルタントの世界」の話であるからだ。そこでの掟、ルールというものだからだ。
だから、多くの読者は、「それはそうかもしれないが………」という感覚を持つのではないだろうか。
「すごいな」と感心はするが、心の中で、現実への適用をあきらめるのではないだろうか。

 

誤解がないように慎重に表現するならば、本の内容が「外資系コンサルタント」本来業務にとどまっている場合は、本の内容は、まさに参考になる。しかし、その世界の話を、一般のビジネスの世界にあてはめようとすると、とたんに現実離れを生じてしまう。
これも当たり前である。それは、彼らは、「外資系コンサルタント」の世界の経験、あるいは一般の人から見ると極めて特殊な企業での経験はあるかもしれないが、一般のビジネス世界での経験はないからである。

 

そして、忘れてはならないことは、多くのビジネスマンは十種競技のような世界で戦っているということである。
確かに特定種目の記録を高めることは、「総合点」も高めることができる。
しかし、別角度で十種競技を見れば、「走る」「跳ぶ」「投げる」「障害をこなす」ということを全部こなさないといけないのである。
また、より重要なことは、現実のビジネスの世界は、すべてが「動態」で進んでいるということである。
一つの課題について、一日中、じっくりとこなすということは、まずない。また、1か月とか、もっと長期のタームで見ると、1つの課題だけに専念しているということはあり得ない。
すべて、同時並行、動態の中でビジネスは進んでいるのである。
この点についても、外資系コンサルタント出身者が書いた本を読むとき、考えてもらいたいことである。

 

加えて言えば、みなさんは、何に悩んでいるかということである。
ここが、ビジネス書を読むときの出発点のような気がしてならないのである。
『サラリーマンの本質』は、ビジネスマンの苦戦や悩みの出発点は、仕事の進め方にあると考えているので、関心がある人は参照いただきたい)

 

 

 

 

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マッキンゼー本には「本当に役に立つのか?」と思わせないプロフィールがある

ビジネス書は売れている。
その中でも特に、マッキンゼーなどの外資系コンサルティング会社出身者が書いた本は売れている。
このことは、みなさんが書店に行くたびに、あるいは新聞の出版広告を目にするたびに肌身で感じ取っていることである。
なぜ日本でビジネス書が売れ続けるのかということについては、様々な人が本に書いているのでここでは詳細を割愛するが、漆原直行氏はこの現象を一言で上手く表現している。それはビジネスパースンは「漠然とした危機感」を持っているからだと言っている。(『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない (マイナビ新書) 』)
ビジネスマン出身の私の感覚からして、この表現はあたっていると思うのである。
加えて言うならば、私は、ビジネスマンはたえず「人よりよく思われたい」、つまり「人より少しでも優位に立ちたい」という気持ちもあるからビジネス書を買っているのではないかと思う。

 

しかし、ここで冷静に考えてみると不思議な現象がある。
一つは、ビジネス書の著者はコンサルタントが主流となっているという事実である。つまり一般の企業で働いたビジネスパーソンではないということだ。
もう一つは、著者もそうだが、そのビジネス書を論議する方もビジネスパーソンではないということだ。
ということは、一般のビジネスマンやサラリーマンとは違った世界で本が出版され、議論が行われているということだ。
つまり、ビジネスマンの視点では何も語られていないということだ。
ただただ与えられたものを受け、その与えられたものの批評を聞いているだけなのである。
肝心要のビジネスマンは蚊帳の外なのである。まったく不思議な現象である。それでよくビジネスマンは耐えているなと思うのである。
私は、なぜ、ビジネスマンの視点から、「本当のところはどうなのか?」「本当に役立つのか?」という議論が湧ないのか不思議に思っているが、実はこのことが問題の核心なのである。これからのテーマなのである。

 

結論から言えば、読者に「本当のところはどうなの?」「本当に役立つのか?」と思わせないのが、現在売られているビジネス書である。
逆に言えば、読者に「本当のところはどうなの?」「本当に役立つのか?」と思われたら、それは売れないからである。
それでは、読者にそう思われない本はどういう本なのだろうか?
その代表格は、マッキンゼーなどの外資系コンサルティング会社出身者が書いた本である。
マッキンゼー、アクセンチュア、ボスコンというネームバリューはあまりにも重い。
その名前を聞いただけで、読者はそこに洗練された世界を感じ、ひれ伏す。
そして、本のカバーの袖に書かれた著者の経歴をじっくり眺め、「ここに書かれていることは絶対に参考になる」と自信(?)を深める。
そこには判で押したように、一流大学を出て、MBA(経営学修士)を取得し、外資系コンサルティング会社に就職し、独立したと書いてある。
つまり、読者は本を読む前から「この本は絶対に参考になる」と決めているのである。
これでは、本は売れるはずである。
ハーバード、スタンフォードという名前がついた本が売れるのもこれと同じ理屈である。

 

もう一つは成功体験者の本である。
それは、成功という事実があるからである。
起業し大成功した、あるいは大企業のトップにまで上り詰めたという「事実」があるからである。
そして、外資系コンサルタントがよく言う「ベストプラクティスを学べ」という言葉を頭の隅においている読者が多いことも、本の売り上げを加速する要因となっている。
有名スポーツ選手や芸能人が書いた本もこのジャンルに入る。

 

こう考えると、読者に「本当のところはどうなの?」「本当に役立つの?」と思わせない本には、そう思わせない「プロフィール」が具備されていることに気づく。
これが、ビジネス書なのである。
つまり、読者は、著者のマッキンゼー出身あるいは成功者というプロフィールを買っているのである。
それだからこそ、出版する側はプロフィールがすでに形成された人間に執筆を依頼することになる。有名スポーツ選手や芸能人の本もこうして生まれることになる。
また、出版コンサルタントも本の中身うんぬんよりも、「まずプロフィールを作れ」と言うのもこのためである。

 

さて、問題はここからである!
今まで述べてきたように、読者は、「本当のところどうなの?」「本当に役立つのか?」と思わせない本を買っているが、実際に本を読んでみて、本当に役に立ったか否かは別次元の話だからである。
ここのところがくすぶり続けているままなのである。
ここも結論から言うと、読者は、「本当に役に立っているのか」という疑念を抱きつつ、前に進んでいるのはないだろうか。
前に進むというのは、また、ビジネス書を買う行動に出るということである。

 

なぜ、ここを曖昧としたまま前に進むかというと、そこには読者側の事情も存在するからだと考える。
仮に読者が、「プロフィール買い」で選んだ本を読み終えたとき、「ああたいしたこと書いてなかった」と思った場合でも、それを自分自身に向けて言えるかである。
これが、小説だったらきっと、「全然おもしろくなかった!」「時間の無駄だった!」ときっと言えるだろう。
小説も、有名作家のものと売れていない作家のものとでは言い方の辛辣さ、取扱いの違いもきっとあると思うが、基本は、「おもしろかった」「おもしろくなかった」「感動した」「感動しなかった」に分けて表現することができるのではないだろうか。
しかし、ビジネス書の場合はなかなかそういう二者択一的な表現は難しいと思うのである。
きっと、たいしたこと書いてなかったと思う場合でも、「少しは参考になった」と表現するのではないだろうか。
なぜそう表現せざるを得ないのは、やはりそこには「プロフィール」の存在、重みがあるからである。
完全否定できないものが「プロフィール」の中にあるからだと考える。

 

しかし、「ビジネス書は本当に役に立つのか」、あるいは「どういうビジネス書は役に立つのか」を自分自身で決着をつけない限り、終わりのない旅に出ることになる。
終わりのない旅というのは、ビジネス書を買い続けるという旅である。ビジネス書に多大な時間と費用をかけ続けるという旅である。
その手始めは、「マッキンゼー本が本当に役に立っているのか」という検証である。
ビジネスマン視点からの検証である。

 

 

 

 

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それでは、マッキンゼー本に書かれていないものは何か?

外資系コンサルタント出身者が書いた本を読み終えて「それはそうだけど………」という感情を持つ人は、どの部分を足りないと思うのであろうか?
自分の置かれている状況とは異なる次元の話だと思うのではないだろうか。
すなわち、本の話を自分の状況にあてはめることができないのではないだろうか。

 

この感情はわからないわけではない。
元々コンサル自体が企業相手、それも企業トップに対する提案という形で行われていることを考えると、それが個人にスッポリあてはまるかという問題がある。
しかも、コンサルの目的は特定した問題解決にあるのである。
しかし、多分外資系コンサルタント出身者たちは、きっとこう言うのだろう。
「問題解決手法は、普遍的なものである」と。だから個人にもあてはまるということなのだろう。だから本を出しているのだろう。

 

中立的な立場で言うならば、その手法はおそらく参考になるのであろう。
しかし、それを正確に言うならば、特定の問題解決で参考になるというべきなのだろう。
言い換えると、もしあなたが、企業経営者だったり特定のプロジェクトに属しているときには参考になるということになる。
また、プレゼン手法は一般のビジネスマンにも参考になると思う。

 

逆に言えば、もしあなたが今の自分の「状況」を改善したいと考えている場合は、全然参考にならないということになる。
それこそ診療科目が異なるということになる。
それでは、ビジネスマンが自分の「状況」を改善したいと思い、ビジネス書を手にする瞬間はどういうときなのだろう?
「自分は悔しい思いをした。自分を見下した人を見返したい」
「毎日毎日仕事に追われ、追い込まれている。この状況を何とか改善したい」
「営業のノルマに追われている。こんな生活から解放されたい」
「上司をはじめ、職場の人間関係に悩んでいる。少しでも居心地がよくなりたい」……

 

こんな切羽づまった気持ちから、救いを求めてビジネス書を買っているのではないだろうか。
つまり切羽づまった「状況」があり、切羽づまった「感情」があることになる。
こんな状態の中で、外資系コンサルタントが言う「空(事実)-雨(解釈)-傘(行動)」「事実!事実!事実!」「フレームワーク」「ロジックツリー」「フレームワーク」「仮説を立てる」はまったく関係がないのである。まったく問題解決にならないのである。
時間の無駄である。時間の無駄で済むならばまだよいが、こんな状態の中に変な知識が入り込んだら、変な方向に行きかねない。問題が変な形ですり替わってまたそのすり変わった問題に悩むという状態になりかねないのである。

 

よって、このHPは、切羽づまった「状況」と切羽づまった「感情」を持っている人を対象に進めていきたい。
この「状況」と「感情」は一体である。
悩んでいるビジネスマンにとっては、むしろ「感情」の方が先に来るのかもしれない。
この「感情」面が出発点になることが多いので、大事にしたいと思っている。
マッキンゼー本にないものは、「状況」と「感情」の解決である。
だから、読んでも「それはそうだけど……」と思うのである。これは腑に落ちていないことを物語っている。
もし、あなたがマッキンゼー本に満足しているとしたならば、それに越したことはない。引き返すなら今である。これから先は、それこそ時間の無駄になる。

 

 

 

 

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サラリーマンの本質

 

 

 

そもそも自分の診療科目とは違うビジネス書を選んでいることはないか

日本のビジネスマンがいかにビジネス書が好きかということは多くの本で語られていることである。
しかし、不思議なことに多くのビジネスマンは自分が求めているものと違うビジネス書を選択しているのではないかと思えるのである。
ビジネス書を買う動機は人それぞれである。
人より少しでも優位に立とうと思って買っている人、*「漠然とした不安」を打ち消すために買っている人、そして仕事のやり方や組織運営に悩み買っている人、上司を中心とする職場の人間関係に悩み買っている人、営業のやり方を知りたくて買っている人………千差万別のはずである。
(「漠然とした不安」 『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』 漆原直行著 参照)

 

ところが、いざビジネス書を買う段になると、自分の動機とは異なる本を選んでいるのではないだろうか。
大きく二つのジャンルの本を選んでいるのではないか。
一つは、コンサルタントが書いた本である。
その代表例が、今はやりのマッキンゼーなどの外資系コンサルタント会社出身者が書いた本である。
もう一つは、成功者の体験本である。起業家、企業でトップに上り詰めた人たち、スポーツ、芸能界での成功者の本である。
正確に言えばこの他に、ツール本や資格本があるが、大きく分けて二つのジャンルの本を選んでいると言っても過言ではないだろう。
そして、最近は、特に前者の本を選択している場合が多い。

 

この外資系コンサルタント出身者の本が売れている現象はわからなくもない。
なにかこれらの本には洗練されたイメージがあるからだ。
また、著者の経歴を覗くと一流大学を卒業し、多くはMBAを取得したのち外資系コンサルタント会社に入社し、そして独立している。
このピカピカの経歴を目にして、本を読む前から本の内容を信用してしまうからである。
つまり、プロフィール買いをしているのである。
また、出版社側は、意識してプロフィール売りをしているのである。

 

問題はここからである。
外資系コンサルタント出身者が書いたビジネス書を読んで、「これだ! これなんだ!」と思った人は、十分にその目的を達成したと思う。
その人たちは、自分が求めているものを見つけたわけであるから、非常に喜ばしいことである。
結論から言うと、そういう人には、これから先の議論はまったく無用のものとなる。
「何か違うぞ」と思った人だけ、これから一緒におつきあいいただければと思っている。

 

私はこう思うのである。
ビジネス書を買う動機が千差万別ということは、病院に行く場合にたとえるとわかりやすい。
風邪をひいたから内科に行く、ケガをしたから外科に行く、膝が痛いから整形外科に行く、眼が痛いから眼科に行く、アトピーだから皮膚科に行く……
しかし、ビジネス書を買う段になると、風邪だろうが胃痛だろうが、ケガだろうが、皮膚が荒れていようが、同じ診療科目に行っているような気がするのである。
つまり、診療科目が違うビジネス書を選択してしまっているのではないかということである。
これでは、役立たないはずである。

 

 

 

 

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マッキンゼー本にはアダプターが必要である

神田昌典氏の『仕事のヒント』を読んでいるとき、「なるほど」と思った箇所があった。
次の箇所である。

[原因思考の罪]

問題が起こったとき
「なぜ」と質問をすると、
組織における
より大きな問題の引き金を引く。 P107

そして、次のように解説している。
「原因追及は、過去を掘り返すことになり、意図せず担当者の批判につながることが多い。その結果、チームワークが崩れるという『組織の病気』を引き起こす。クレームや問題が起きたときは、原因を追求する『原因思考』ではなく、得たい結果に焦点を合わせる『結果思考』をしてみよう」

 

どうだろう? あなたが読んだ外資系コンサルタントの本とは、大違いではないだろうか。
そして、マッキンゼーでは、「なぜ、なぜ、なぜ……」を5回繰り返せという。
神田昌典氏は、みなさんよくご存じの通り、アメリカの大学院や大学で、経済学修士や経営学修士(MBA)を取得しているにもかかわらず、そんなことを微塵たりとも出さず、「顧客獲得実践会」で中小企業の経営者と共に、実践というよりは実戦で活躍した人である。
最近、書店に行けば、同氏の『禁断のセールスコピーライティング』が積まれている。
この箇所を読み、私は、なるほど実務でビジネスに真向いしている人だけあり、実際の会社組織というものをよく知っているなと感心した。
同時に、常々思っていることだが、外資系コンサルタントが書いた本を、そのままの形で、実際の現場にあてはめてしまうと大変なことになるなと改めて思った次第である。

 

もちろん、外資系コンサルタントが書いた本の趣旨を十分に咀嚼すればそんなことはないだろうが、一般の人にとっては、なかなか実際の現場への変換作業が難しいのではないのかと思うのである。
それは、外資系コンサルタントが書いた本は、あくまでもコンサルタントという業務を遂行するにあたっての展開作業であり、それを、一般の会社の現場に適用するには、相当な置き換え作業が必要だからである。
しかし、ことわっておくが、コンサルタントの問題解決手法は、非常に参考になる。
考えてみれば、これも当たり前である。コンサルタントは、ある一定の問題を解決するために業務を請け負っているわけだから、その手法にこだわるのは当然と言えば当然なのである。
しかし、世の中の会社は、このようにある特定の問題だけが存在しているということは滅多にない。
もっともっと、様々な問題と人が入り組んだ動態社会なのだと思う。

 

さて、私も、最近、マッキンゼー本を読んだ人たちの気になる行動がある。
そのうちの1つが、外資系コンサルタントが言う「結論から話す」である。
これは、意見を求められたときや、レポートを提出するときには、まさに正しいと思う。
しかし! である。
実社会で、報告する際に、「結論から申し上げます」というのは、ちょっと違和感がある。
そして、あまりにもマッキンゼー本が「結論、結論」と言うから、本当は、「結果報告」なのに、「結論から申し上げます」と言う人が増えてきている。
その結果、こんな光景が生まれているのである。
「結論から言いますと、今月数字は行きません」「結論から言いますと、予約はとれていません」「結論から言いますと、アポはとれていません」
これでも意味は通じないことはないが、多分、こういう言い方をすれば、実際の現場では、張り倒されるか、ぽかーんと口を開けられるか、開き直りと受け取られるかのどちらかであろう。
この「結論」を「結果報告」と言えばいいだけである。
このことを、当HPのブログ「『なぜ結果-原因の順で報告するか』を理解する」で取り上げているので、詳しくは、参照願いたい。

 

次に気になるのが、外資系コンサルタントがあまりにも「ファクト! ファクト! ファクト!」と言うものだから、報告する人の頭の中が「ファクト、ファクト、ファクトを話さなければいけない」ということでいっぱいとなり、上手く報告できないというケースも生まれている。
ここも本来、「ファクト! ファクト! ファクト!」は、問題解決の出発として、まず事実を正しく認識する事から始めるという意味だが、一般の人がそれを上手く実際の現場に変換できず、鵜呑みにすると、こういう事態になる。
このことも、当HPのブログ「まずは結果に直接関係する事実を報告する」で取り上げているので、詳しくは、参照願いたい。

 

さて、以上みてきたように、マッキンゼー本は、ある一定のテーマの問題解決方法としては非常に参考になるが、いつもさまざまな問題を同時並行的に持っている一般の会社、一般のサラリーマンにそのまま当てはめるということは、相当難しい。
また、そのまま当てはめてしまうと、話は、とんでもない方向に行きかねない。
どうしたらよいだろうか?
一つの参考意見として、マッキンゼー本と同時に、神田昌典氏のような実践から得た答えをベースにしている人の本をあわせ読みしたらどうだろうか?
そして、どちらが、あなたにピンとくるかフィットするかである。そしてそれを決めるのはあなたである。
もしかすると、こういう実務の本が、マッキンゼー本のアダプターになるかもしれない。
また、こんなことを言うと、きっとお叱りを受けると思うが、理論は理論、実務は実務という考え方もある。両方のいいところ取りは、できないだろうか?
そんなことを、ぜひ、考えてもらいたい。
最後に宣伝になってしまうと思うが、当HPは、たえず問題解決の糸口は現場にあり、失敗の裏に本質が隠されている、と考えている。
すなわち神田昌典氏の考え方に非常に近い。ぜひ、新百合ヶ丘総合研究所トップページのコンセプトを参考にしていただきたい。

 

 

 

 

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マッキンゼー本は内容がみな同じ?

みなさんは、外資系コンサルタントが書いた本を買って、「あれ? これ内容が同じじゃないか」「詰まる所、同じことを言っている」と思ったことは、ないですか?
「空―雨―傘」「フレームワーク」「ロジックツリー」「再現力」「PDCAを高速で回す」「事実に基づく」「仮説を立てる」「原理原則」「頭に汗する」………

 

見事なまでに、言っている内容と表現が同じだということに気づている読者も多いと思います。
これらの本は、それは、「普遍性」があるからだと言います。
つまり、正しいものは、いつの時代も正しいということを言っています。
だから、同じような内容の本と、同じような表現が使われるのです。

 

確かに、その通りだとは思いますが、そうすると、なせ、またこのような本を買ってしまうのでしょうか?
わからなくはないような気もしますが、
私は、これらの本をまた買ってしまうのは、これらの本を読んでも解決できない「なにか」が、現実の世界にあるのではないかと思っています。
そして、サラリーマンの悩みというものは、むしろ、この「なにか」の方にあるのではないかと考えています。

 

このことを整理すると次のようになります。

①多くの人が、また同じような本を買うのは、これらの本を読んでも解決できない「なにか」が現実の世界にあり、むしろ、その「なにか」の方が重要ではないか。

 

②これらの本を、現実の世界に直接あてはめるには、ちょっと無理があり、違和感がある。

 

③ということは、「世に言われていること」や「語られているもの」より、「語られていないもの」の方にサラリーマンのヒントがある。

 

④そして、ビジネスマンとして成功した、サラリーマンとして生き抜いた人の裏には、語られない「なにか」がある。

 

⑤ビジネスの現場に、そのヒントが隠されている。

 

⑥そのヒントがわかれば、サラリーマンの悩みが解決する可能性がある。
これが、「ビジネス書ジャパン運動」そして、『サラリーマンの本質』のコンセプトになっています。
みなさんは、そう考えることは、ありませんか?

 

(参考)新百合ヶ丘総合研究所HP

 

 

 

 

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マッキンゼーと対極にある本

まず、マッキンゼーのコンサルタントが言っていることを理解する必要がある。
ここは、辛抱しておつきあいいただきたい。
結論から言うと、そんなに多くのことを言っているわけではない。
しかし、必ず「空―事実 雨―解釈 傘ー解釈に対しての行動」をベースにしている。
この手法は、情報分析~適切な行動をとるための手法である。
最近話題になっている『頭がいい人はなぜ、方眼ノートを使うのか?』は、この「空―事実 雨―解釈 傘ー解釈に対しての行動」1点に絞った本である。
すでにマッキンゼー出身の勝間和代氏の本を読んだ人なら、この内容は頭に叩き込まれているはずだ。
そして、マッキンゼー出身者は、上記に、フレームワーク(情報への軸づくり、情報の区分け、整理)と「階層化」(情報の階層化)を足す。
平たく言えば、情報の整理技術だと思っていただければよい。
また、なんでこんな情報整理をしているかといえば、それは正しく問題の本質に向かうためである。
簡単に言うと、これだけである。

そして、前もってことわっておきたいが、この論理の組み立て方は有効であることは間違いない。

 

しかし、問題は、ここからである!
実は、多くのビジネスマンやサラリーマンは、こうした作業を知らず知らずのうちにやっている。
ただし、「行動した結果→解釈」という作業に重点が置かれている。
平たく言えば、行動の結果から、その行動が適切だったかを考えているということだ。
もっと噛み砕いて言えば、上手くいかなかったこと、失敗した結果から学んでいるということだ。
こういうと、マッキンゼー出身者は、必ずこう言うだろう。
「だから、上手くいかなかったのだ。漠然とした行動をとったから上手くいかなかったのだ。上手くいくために、事実を見つめ、その事実を的確に解釈して、適切な行動に結びつけるのだ」と。
また、失敗した結果には、こう答えるだろう。
「今度は、その失敗した結果=事実とすればいいんだ。そしてその事実を正しく解釈して、適切な行動を起こせばいいんだ」と。
2つの論法とも正しいように思える。しかし、なにかしっくりこないのである。

 

なぜしっくりこないのであろうか? ここが問題である。
ここを共に考えてみたい。

1つは、やはり、どこまで行っても方法論だということだ。
極論すれば、仮に実務経験0のコンサルタントがいたとする。
それでも、方法論だから、まさに適否の2つしかない。そして、この論法は適と思うので、実務経験0の人にコンサルを受けても、適切な解に導かれるということになる。
しかし、私には、とてもそうは思われないのである。
ちょっと話は横道にそれるかもしれないが、かって私は、ある大手コンサルタント会社に研修会をお願いしたことがあった。
1度目は、私の部署が依頼し、2度目は、他の部署の人が依頼した。
2回とも、若いコンサルタントが講師となったが、正直ひどいもんだった。
まったく内容のない上滑りの話で、出席者の共感をまったくよばなかった。
私は、やはり「実体験」というものが必要ではないかと思うのである。

 

こう言うと、マッキンゼー系のコンサルタントの人は、「われわれも実務体験を持っている」と言うかもしれない。
しかし、その経歴は、一般のビジネスマンやサラリーマンとは、かなり違うのではないだろうか。
マッキンゼー系のコンサルタントの人は、仮に一般企業に勤めていたとしても、比較的短期にその企業を退職してMBAとなりコンサルタントの道を選んだ人だったり、特定分野の企業に勤めたのち、やはりMBAとなり、コンサルタントとなった人が多いのではないだろうか。
つまり、表現は悪いが、MBA、マッキンゼーというブランドを前面に出しているにもかかわらず、一方では、「われわれも実務経験をもっている」と言われても、通常感覚としては、「ちょっと違う。ちょっと都合がいい」ということにならないだろうか。

 

もう1つ。
私は、最近、『絶対にミスをしない人の仕事のワザ』『おかねが貯まるのは、どっち?』を読んだ。
どちらも実務経験者が書いた本だ。
すんなりと頭に入るのである。すとんと腑に落ちるのである。
やはり、実務経験者が書いた本はわかりやすいし、納得感が違うのである。抵抗感がないのである。
この2つの本とも、さきほどの例で言えば「行動した結果→解釈」の本と言える。言ってみれば失敗から学ぶ本である。
こっちの方が皮膚感覚で言うと、やはりわかりやすいのである。
なにか、日本人の感覚としては、こちらの方がわかりやすく腑に落ちるような気がして仕方がないのである。
やはり「実体験」は必要だと思うのである。

 

そうすると、われわれは、マッキンゼー本の多くの著者が、一般的な実務体験が少ないにもかかわらず、なぜ、それを声高に言わず容認してしまうのだろうか?
それは、ブランド力があるからである。
なにか、それを否定すると、表現が悪いが自分の教養までも否定してしまうような感覚があるからではないだろうか。
だから、本は売れるのである。
仲間内で話せば、「おい、あの本読んだか? よかっただろ?」「うん、よかった、よかった」ということになるのではないだろうか。
それでは、マッキンゼー本に対して日本のビジネス書は、どんな対抗手段を取っているのだろうか?
正直太刀打ちするのを避けている。
そして、成功体験本にジャンルを絞っているのではないだろうか?
しかし、この論法は間違っているような気がする。
もし、太刀打ちするのであれば、そして、マッキンゼーの論理には論理で返すということになれば、さきほどの2つの本のように、「行動の結果→解釈」の方が理に合っているのである。すなわち、失敗本の方が理にあっている。
なぜなら、成功というものには理がないからである。
まぐれ当たりで当たる場合もある。時代の波に乗ることもある。人気一筋で成功することもある。
失敗体験のように、きれいに原因分析ができないのである。
ところが、なぜか受けを狙い成功本で勝負しようとする。
先日も、売れまくった成功本の著者の事業が行き詰まるということがあった。
それは、成功には理がないことの一端を示していると思うのである。

 

そして、これを言ったら元も子もないと言われるかもしれないが、常識的に考えれば、世の中、方法論だけで上手くいくわけはないのである。
それで上手くいくほど世の中甘くないのである。
実務で学んだこと、職場で学んだことは、その人の地となり肉となり、身に付くのである。
コンサルタントのアドバイスは傾聴に値するかもしれないが、肝心要は、それが、自分たちの地となり肉となり身に付くかどうかである。
万が一、それで上手くいかなかったときは、どう説明するのだろうか?
そのときは、「最終的には、あなたの責任でしょ」ということになるのだろうか?
そう考えると、わたしは、やはり、自分たちと同じ感覚ーさきほどの「実務で学んだこと、職場で学んだこと」を共感しあえる本に、マッキンゼー本の隆盛後は戻ると思うのである。

 

そして、こういう実務を経験した人が書いた本に、われわれは、「そう、そういうことあるある」「えっ?そういうことだったのか」とか合いの手を入れるのである。
こういう本は、みんなが同じ土俵の上に乗っているから、すそ野も広いし、みんなで考え、合いの手を入れながら進むことができる。
そして、自分の血と肉にスーッとなっていくのである。
また、本を読むという楽しみもあるはずである。
マッキンゼーの人は、よく口癖のように「頭に汗して考える」と言う。
それはその通りかもしれないが、実務は行動が最も重要なのである。やはり汗するのは体であると思う。

 

以上のことから、マッキンゼー本のあとに来るものは、日本人の感覚にあった「実務教訓本」である。
先に紹介した『絶対にミスをしない仕事のワザ』『お金が貯まるのは、どっち?』のような本である。
わたしは、それを「ビジネス書ジャパン」と名づけた。
こういう本を、みんなで、ドンドン紹介しあっていきたい。
それが、「ビジネス書ジャパン運動」である。
ご賛同いただける人には、ぜひ、力を貸していただきたい。

 

最後に、1つだけ、拙著『サラリーマンの本質』について宣伝というか、考え方を述べさせていただきたい。
さきほど、日本のビジネス書は、マッキンゼーとの対決を避けて成功本に向かっていると書いたが、気になっていることが1つある。
それは、「日本ブランドのビジネス総合本」というものがないことである。
これは、誰かが、成し遂げなければならない。
『サラリーマンの本質』は、とてもそんなビジネス総合本と言えるものではないと思うが、それを意識して作ったつもりである。
総合的な内容にしたつもりである。
題名を『サラリーマンの本質』としたことで、出版関係の人からだいぶご指導を受けた。
その多くは、「そんな題名ではダメだ。成功するとか、もっと具体的な題名にしろ」というものだった。
しかし、ここまで来ると、みなさんは、おわかりになったと思うが、
「本質」は、失敗したことから見えてくるものである。
そう、私自身、失敗しまくったから、失敗体験者として、「こういうことは、できればしないで!」「ここは、こう考えて!」と書いたつもりである。
100%実際の体験から出発している。
ご参考にしていただければ幸いである。 http://amzn.to/1kkJaFa

 

 

 

 

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時代の振り子は大きくマッキンゼーから動く?

今は、マッキンゼーという名前をだせば売れる時代である。マッキンゼーといえば、古くは大前研一氏、そして勝間和代氏の名前が浮かぶが、このマッキンゼー威光はいっこうに衰えていない。むしろ全盛期ではないだろうか。
そんな中で、今話題の『頭がいい人はなぜ、方眼ノートを使うのか?』を読んだ。
本の中身は本当に役立つものだと思う。

 

しかし、それ以上にすごいと思ったのは、本の表表紙、帯に、マッキンゼー、ボスコン(BCG)、東大合格生…とあるではないか。
そして続いて、「トップエリートが使うノートで、6つの能力がみるみる上がる!」と書いてある。
本の内容は素晴らしいのだが、この本の中で外資系コンサルタントという文字がいったいどれだけでてくるだろうか?
数えないくらいの数だ。
そして、ビジネス書をよく読んだ人ならすぐに気づくと思うが、本の内容も、マッキンゼーのコンサルタントが使う「空=事実認識 雨=状況解釈 傘=行動・提案」を主軸に置いている。
その他、フレーム、事実(ファクト)、再現性など、マッキンゼー系コンサルタントが使う用語だらけだ。
本にざっと目を通すだけならば、勝間和代氏の本と思う人も多いのではないだろうか。
また本中に28才という年齢が多く出てくるが、これは、ビジネス書のターゲットは、28才を狙えという鉄則を守ったものと思われる。

 

一方で、『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40あげて慶應大学に現役合格した話』が売れていると思ったら、最近、新聞広告を見て、目を剥いた。
本は読んでいないが、今度は、『偏差値30でもケンブリッジ卒の人生を変える勉強』という本の広告が載っているではないか。
これでは、慶應をケンブリッジに変え、偏差値40をさらに10下げインパクトを狙ったと思われてもしようがない。

 

いったいなにがどうなっているんだろうか?
実は、このマッキンゼーとビリギャルとは、共通点がある。
それはブランドである。
マッキンゼー、ボスコン(BCG)というブランド、東大、慶應、ケンブリッジというブランドを前面に出しているという共通点がある。
つまり、今のビジネス書の売れる条件は、一言で言えば、ブランドということになる。

 

さて、問題はここからである。
この状況がいいとか悪いとかという問題を抜きにして考えた場合、ブランドの次に、今度はいったい何を売るのであろうか?
また、われわれは、全盛期のあとに必ず衰退期が来ることを、歴史からも社会現象からも経済現象からも学んでいる。
そして、いま、まさにマッキンゼーというブランド、ケンブリッジ、ハーバード、スタンフォード、東大、慶應というブランド、MBA卒というブランド、外資系コンサルタントというブランドは全盛を極めているのである。
これから必ず衰退期を迎えることになる。
それは、そのときの社会が決めることである。そのときの人びとが決めることである。
しかし、その衰退は、なんとなく予想ができる。
多くのビジネスコンサルタントが言うように、振り子は真逆に大きく振れるのではないだろうか。
この反動は彼らの言うとおり大きいのではないかと思う。

 

考えてみれば、今の状況が異常なのかもしれない。
「外資系コンサルタントが使用しているからいいツールだ」「外資系コンサルタントが言っているから正しい」という風潮があり、それゆえに、マッキンゼーという名前を出した本が売れている。
しかし、常識的に考えれば、「外資系コンサルタントが使用しているからいいツールだ」ではなく、「いいツールを外資系コンサルタントが使用している」と言った方が正しいのではないだろうか。
同様にして、「外資系コンサルタントが言っているから正しい」のではなく、「正しいことを外資系コンサルタントが言っている」ではないだろうか。
ここの混同が意図的かどうかは別にして、あるような気がする。
私は、この常識的なところから、修正が始まるような気がする。

 

私が知りたくて知りたくてたまらないことは、「時代の振り子は大きく反対に振れる」と言っているビジネスコンサルタントの人たちが、どういう反動が来るのかを予測しているかである。
まさか、このマッキンゼー現象やブランド現象がいつまでも続くと予想しているわけはないと思う。

 

一つの予兆の参考になるのが、マッキンゼー等のブランドの流れをくむビジネスコンサルタントの方のfacebookやtwitterのファン数の変化ではないかと思っている。
facebookやtwitterは言うまでもなく、気軽にファンになれるところに特徴がある。
今は、マッキンゼー絶頂期であるから、それらの方のページのファン数は、うなぎ上りになっているはずである。
しかし、そのファン数がピタッと止まったときは、一般の人の関心は冷めて、違うターゲットに向かったということになる。
こんなところから、振り子が始動するのではないだろうか。
まず、振り子が始動する瞬間に着目したい。

 

 

 

 

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