第21話 「佐藤医院」

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「佐藤医院」

 

『浅草のおかあさん』第21話 「佐藤医院」  から

 

 

浅草のおかあさんは、寮で寝泊まりしている従業員の元気がないと、駒形二丁目にあった「佐藤医院」に連れて行った。
浅草のおかあさんは、そうまでしないと診察が先延ばしになることを知っていた。

 

「佐藤医院」は、老先生と看護師を兼ねた奥さまがいるだけの医院だった。
建物は洋館づくりで、六畳ほどの待合室と戸を一枚隔て診察室があるだけだった。
診察室に入ると、ガラス越しに入った日差しが先生の顔半分を照らしていた。先生は、「どうなさいましたか?」と、いつもやさしく尋ねた。
「佐藤医院」はそんな個人医院にすぎなかったが、先生は東大出で名医の誉れが高かった。どんな病気でもピタリと見立てるという評判が立ち、「佐藤医院」に行ったおかげで病気が発見されたケースも多かった。

 

あるとき、浅草のおかあさんは、会社の寮にいるBさんの顔色が目に留まった。Bさんの顔が青白かったからである。

 

「浅草のおかあさん」は、Bさんを「佐藤医院」に連れて行った。
Bさんの診察が終わると、浅草のおかあさんは先生に呼ばれた。温厚な老先生は首を横に振った。Bさんは癌で手遅れだったのだ。
浅草のおかあさんは、「佐藤医院」から紹介状をもらい、総合病院にBさんを連れて行ったが、Bさんにどのように話したのかは誰も知らない。
浅草のおかあさんは激しく自分を責めたが、Bさんの前ではいつもどおりの笑顔で、いつもどおりに話した。
しばらくして、Bさんが浅草のおかあさんの横で息を引き取ったことを聞いた。

 

 

『浅草のおかあさん』目次

「浅草のおかあさんの舞台を訪ねて」(画像集)

 

 

 

浅草通りはさんだ駒形二丁目に「佐藤医院」はあった。

 

 

 

 

 

2018年1月4日